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| 佐藤幹夫 | 2001/10/29 | テロリズムから始まり一般意志へ 佐伯啓思『国家についての考察』をめぐって | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | ||||
| 小浜逸郎 | 2002/1/15 | Re:テロリズムから始まり一般意志へ -返信1- | 1 | 2 | 3 | 4 | |||||||
| 小浜逸郎 | 2002/5/10 | Re:テロリズムから始まり一般意志へ -返信2- | 1 | 2 | 3 | ||||||||
| 佐藤幹夫 | 2002/11/24 | 最悪の「戦争」について、ひとつだけ加えておきたいこと | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | |||
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北朝鮮「拉致被害」問題とはなにか ところで、セカンドワーストの選択はかたちを変え、いま、わたしたちの目の前で、ある姿を見せつつあります。それは言うまでもなく、北朝鮮による拉致被害家族たちの問題であり、これもまたテロリストとの最悪の戦争のなんであるかを告げています。 いまわたしたちは、北朝鮮による「拉致被害家族」の、きわめて過酷な現実を目の当たりにしています。日本国の政治意志により、帰国した人々は北朝鮮に戻ることを止められ、子どもたちと引き裂かれることとなってしまいました。そして、いまだ解決の糸口がつかめずにいます。彼らはわたしとほぼ同世代ですが、言ってみれば、五十年に満たない生涯のなかで、二度も、国家の意志によって家族から引き裂かれたわけです。 いつもながらのマスメディアは過剰な報道に終始していますが、それに乗ずるように「わずかな情報のなかだからこそ、どのようなことでも国民に知らせる義務がある、それがジャーナリストの務めだ」などと、およそ愚劣な開き直りでしかない理屈を並べながら、北朝鮮のプロパガンダを進んで引き受ける「週刊金曜日」のような左翼ジャーナリズムまで現われました。ついこの前まで「北による拉致はでっち上げだ」などと言い続けてきた左翼政党の体たらくといい、旧左翼体質の惨状もここに極まれりといった感じです。 小泉首相の訪朝が、唐突に発表されたのが8月30日。9月17日には平壌で首脳会談がもたれました。金正日が日本からの拉致を認め、「謝罪」はしたのですが、そのうちの8人は死亡したという衝撃的な報道がもたらされました。 むろん、病死、事故死などという北朝鮮側の報告を鵜呑みにすることはできません。あの国は、独裁者の狂信的意志を実行するために、大韓航空機撃墜事件、マニラにおける爆破事件と国家規模のテロをおこなってきた国であり、その目的のためには他国民を拉致する国であり、核兵器を製造するためならば、自らの人民を餓死させておよそ恥じない国です。いや、「国」と呼ぶのに値するのかどうかさえためらわれるような、宗教共同体です。 しかし、仮に死亡が事実であるとして、彼らの生死を分けたものは何だったのか。それは、新しい環境と「思想教育」に適応できたかそうではなかったか、その一点だったはずです。洗脳されようと何されようと、とにかく生き延びるのだという意志をもつ人だけが適応を果たすことができた。そうして選ばれた彼らの24年間の生に、対岸にいるわたしたちの誰も石を投げることはできない。タラップに降り立ったあのニュース画面を見ながら、こうした感想が真っ先に浮かんだわけです。 神格化された人物の意向によって、一つの絶対性を帯びた理念や政治的意志が貫かれる体制を独裁的全体主義というなら、そのような国家にとって、人間の価値審級はきわめて明瞭です。独裁者にとって、どこまで有用性があり、「生かしておく価値」があるか。それだけだと言い切ってもいいでしょう。その地に生まれ育った人々より、そうした価値判断の視線は、もっと厳しく作用し続けたはずです。日々の暮らしにおいて、有形無形の監視と抑圧のシステムに彼らが置かれていただろうことは、想像に難くありません。いずれにしても、彼らは生き延び、帰国を果たすことができた。 しかしなぜ、子どもを連れての帰国ではなかったのか。そのような疑問もまた浮かびました。あとで彼らは自分の意思だと述べていますが、そんなことはありえない。残してきた家族はまさに「人質」であり、言動への厳しい制限を課せられての帰国であることは一目瞭然でした。そして子どもを北朝鮮に残し、単独で帰国したことが新しい苦しみを生み出している。それこそまさに、あの独裁者のねらうところだったはずです。 第一回目の国交正常化交渉が終わった今も、自分の子どもたちと再び合う保証は、何ひとつとして得られていません。それどころか、いっそう厳しい緊張状態のなかにおかれています。わたしに痛ましいのは、彼らの生存を24年間、「地獄の思い」で信じ、帰国を待ちわびていた日本側の家族が、理性を貫こうとすればするほど、自身を、そして帰国した子どもたちを引き裂くことになってしまう。「間接的な拉致」の一方の主体とごとく役割をおびてしまうことです。しかしまたそこに生ずる家族感情と、交渉を進めたい政府のジレンマ、それもまた北朝鮮の思惑だったと、わたしなどは勘繰ってしまうのです。 案の定、日本は約束違反をしていると難じ、5人の即時帰国を求め、それが果たせないかぎりは「正常化交渉」には応じられないと伝えている。これが何を意味するのかは明らかでしょう。恫喝的な外交は北朝鮮の常套手段だと言われますが、しかしこの間、次のような重要な政治の動きが現われます。
永住帰国を政府決定し、日米韓のみならず、中国も交えた「包囲」が加速することと対応するように、北朝鮮も、日本とアメリカに、そしておそらくは日本政府の決定に従いつつある帰国者に、メッセージを送ります。むろん横田さんの「お孫さん」の例もそうです。本人にその意図がなかったにしろ、背後に控える北朝鮮側の作意は明瞭です。 こうした一連の動きのなかから見えるものは何か。北朝鮮は、最悪のシナリオとして「戦争」をも想定した外交を明確にし始めたということ。物理的な衝突の可能性を、ひとつ露出させたということです。そしてアメリカは当然そうした意図をキャッチしており、その「戦争」が半島で行われる闘い、つまり米韓と北朝鮮との戦争ではなく、日本もそのまぎれもない当事者であることを強く示唆したはずです。永住帰国を決定した以後の日本政府が珍しく強気の対応を見せているのは、こうしたことを推測させます。 まさにこれは「我われには、テロリストとの妥協はありえない。さて君はどちらにつくのか」という問いの延長上にあるものであることは言うまでもありません。そしてこれは北朝鮮・金正日という狂信的国家との「戦争」であり、「正義」のありかにおいても疑いのないかたちをしている。疑いのない分、やはり「最悪」の戦争です。 かつて「拉致」の犠牲として北朝鮮と日本に分断された家族は、こんどはだれよりも先に、北朝鮮が露出しつつある、最悪の戦争の被害の中に置かれることになった。言ってみれば、この家族たちは二重に戦争の被害を受けている。最初は、第二次大戦以降、世界を分断した「冷戦」という戦争の被害に。次には、追い詰められたその国が、狂信性や非常識さを露わにしながら仕掛けようとしている最悪の戦争の被害に。つまり、米ソの冷戦構造から、「対テロリストとの戦争」と世界のあり方が一変したことによって、さらに過酷さと解決の困難さが積分されてしまったわけです。 これがこの問題の悲惨さであり、本質です。 |
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