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| 佐藤幹夫 | 2001/10/29 | テロリズムから始まり一般意志へ 佐伯啓思『国家についての考察』をめぐって | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | ||||
| 小浜逸郎 | 2002/1/15 | Re:テロリズムから始まり一般意志へ -返信1- | 1 | 2 | 3 | 4 | |||||||
| 小浜逸郎 | 2002/5/10 | Re:テロリズムから始まり一般意志へ -返信2- | 1 | 2 | 3 | ||||||||
| 佐藤幹夫 | 2002/11/24 | 最悪の「戦争」について、ひとつだけ加えておきたいこと | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | |||
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3.歴史とは何か かつてアメリカという国をつかまえ、その成国にあたって侵したアメリカインディアンの大量虐殺の記憶が、ときとして強迫的に反復される、それが広島・長崎への原爆投下であり、ベトナムにおける大量虐殺である、そのように述べたのは岸田秀さんでした。「自由・平等・民主」という独立宣言が、そのような大量虐殺を背後に持つことを認めない限り、今後もアメリカは、機会と口実を見つけては、どこかに出かけては、同じことをくり返すだろう、とも岸田さんは書いていました。(『ものぐさ精神分析』)。 これを読んだときには、いたく感心した覚えがあるのですが、今はこうした考えをとりません。アメリカはきわめて人為的につくられた国であるがゆえに、こうした「葬られた歴史」が浮かび上がりやすいのですが、多少の濃淡はあるものの、基本的な事情は、西欧各国においては同じようなものだと考えるからです。中世の赤十字軍の遠征、領土をめぐるすさまじい相互の侵害、そして植民地政策。アフリカ大陸からの数千万という奴隷貿易。いや、西欧諸国だけではなく、中国もわが日本も同様です。先住民族や他民族の殺戮、宗教的迫害、そのような負の歴史のうえに、先進諸国は成り立っている。 つまり岸田理論で言うならば、「強迫的反復」は、アメリカならずとも、なしうることになる、アメリカのみの特殊事情ではないと考えているのです。そして歴史とは、実はそのようなものではないのか、とわたしは考え始めているわけです。むろん征服された側から描かれる歴史は貴重です。その意義の大きさを認めることは人後に落ちないつもりです。「そのようなものではないか」というのは、それでよいということではなく、ひとまずは呑み込むところから始める以外ないのではないか、ということです。 ところで、なぜ岸田さんがかつて書き記したことを思い起こしたのでしょうか。 襲撃を受けたあと、アメリカはすぐに世界に向けて、あるいは自らの国民に向けて発信するわけですが、「アメリカは泣いている」とはじまるそのメッセージは、なんと「感動的」だったことか。開拓時代そのままの「アメリカ」が、そこにはありました。ジョン・フォードのフィルムの中で、開拓の義を、闘うことの義を熱く語るジョン・ウェインが、突如としてあらわれたような、まったく見事なパフォーマンスでした。むろんきわめて二元論的で、シンプルなスローガンを好むアメリカ国民が、それを強烈に後押しするわけです。 かつてアメリカが中東アラブにおいて、パレスチナ問題から始まる政治的介入をどのようになし、結果、どれほどアラブ諸国を疲弊させることとなったか。パレスチナ難民を飢餓と貧困に追い込む大きな要因をつくることとなったか。しかしそのことは一顧だにされません。アメリカの悲しみや怒りを、テロは自由と民主主義への攻撃であり、「テロの側につくかアメリカにつくか」と世界への怒りへと転換させ、結集していく。そしてこれは、国と国との戦いでも宗教と宗教との戦いでもなく、テロ組織というネットワークとの新しい戦いであると位置付けて見せた政治手腕。たぶん、後世の歴史家は、21世紀最初の年を、まさに世界が一丸となって、テロネットワークに立ち向かうこととなった、とこのように記すでしょう。 歴史とは、すでに確認された所与の事実でもありますが、また、日一日とつくられていくものでもあり、なるほど世界史とは、このようにして刻まれていくのか、と半ば複雑な思いで、11日以降の数日を過ごしたわけです。 小浜さん、ご存知のように、わたしは自身の出自である「東北」の歴史に、ときには情緒のすべてを委ねるほどの傾きを示し、またあるときには嫌悪するというきわめてアンビバレンツな心情を寄せてきました。「東北」古代とは夷狄と蔑視されたまつろわぬ民の、平らげられる歴史です。そして二十代の前半の頃、その屈折した情念を昭和近代のナショナリストたちに密通させてきたのです。むろんナショナリストたちといっても、権力によって断罪される側のそれです。そこに、いわば自分のなかの反権力感情や反国家感情をこめ、同時に自分のさまざまな劣等感を昇華させうる装置のようなものをこしらえ、見据えてきたわけです。 ベルリンの壁の崩壊以後、そこからどう脱してきたかを述べるのは控えますが、こんな個人的事情をもちだし、反米感情を呼び出したいわけでも、辺境にこそ歴史の真実があると言いたいのでもありません。わたしが言ってみたいことは、「歴史」とわたしたちが言ったとき、なにをそこにこめているのか、ということです。 どの国も、神話時代から現代にまで連綿と続く通史をもちます。ある時代のある歴史が定説となり、つまり、最大公約数的なかたちで定着していくわけですが、その意味では、歴史とは一つの共同の観念です。共同観念であることによって、「国家」という基盤を支え、そしてそのことによって、わたしたち国民は、アイデンティティが支えられている。そこは相互補完的になっているわけです。 ところが、事情はこのことだけにはとどまりません。歴史とは単なる事実の集積ではない、とはよく言われることですが、その一見定説として定まったかに見える歴史を、それぞれの個がどのように受けとるのか、というもうひとつの問題があります。そこでは実存がどのような問題意識を生きているかによって、歴史は表情を変えることになります。つまり歴史とは、個にとって、過去の事象を媒介とした、現在を生きる姿の射影であるとともに、未来への投企であるという側面も持つわけです。最大公約数的な共同観念としての歴史と、実存からかたどられる歴史とは、相互に干渉しあい、また拮抗しあっている。その全体を、わたしたちは「歴史」と呼んでいるのではないでしょうか。いや、そのように拮抗しあったとき、歴史とは、何事かのものとして意味をあらわすのではないでしょうか。それがわたしにとって「東北」の歴史が持つ意味です。 今夏、「歴史教科書問題」が世を騒がせました。あれは右派によるナショナリズムの高揚であるとみなされたわけですが、わたしはただ一言、あの問題の本質は、いかにこの国が戦後、自らの歴史(意識)を空洞化させてきたかを物語っている、そのことにあるのだと感じられました。こう書くと、「新しい歴史教科書をつくる会」の主張と同じじゃないか、と言われるでしょうか。しかし敗戦以降の歴史を、共通の感情として、いまだつくりえていない、その不幸が露わになっている事態である、というのがわたしの率直な感想なのです。 なぜ不幸などと書くのか。歴史の欠如は、この国の未来への展望を描くことを困難にするからです。未来への展望を描けないとき、そこに生きるわたしたちの生は、きわめて不定形で不安定なものになるほかありません。 もうひとつ、問題があります。それは歴史を「重層性・連続性」に比重をかけて見るか、「転換性・発展性」に重心を置くかいう歴史に対する感度の相違です。このことを、歴史を、過去の遺産の引継ぎに比重をかけるか、未来の設計に重心を置くか、という生きる態度の相違だと言い換えてもよさそうです。むろんどちらかが一方だけ、などということはありえず、大事なのはそのバランスであることは言うまでもありません。 そして、一概には言えないがという留保を置きつつ書けば、保守派といわれる人たちは、重層性や連続性として歴史を見、進歩派の人たちは、発展においてみようとする、とりあえずそのような図式が引けそうです。わたしが興味深いのは、小浜さんの歴史への感度が、明瞭に後者のものである、ということです。『「弱者」という呪縛』における櫻田淳さんとの対談でも、その相違がはっきりと表れていましたし、また『なぜ人を殺してはいけないのか』において、「戦争責任」の問題に一章を割いていますが、戦後世代に焦点を当てて論じているように、やはりここでも同様です。このように書いたからといって、小浜さんを左派であると色分けしたいのではありません。 わたしたちは歴史を区分して理解していますが、それはあくまでも後世から見た便宜的なものにすぎません。とはいっても一つの時代をそのように区切る必然はあり、ときにそれは今回のテロ事件のように、突然襲ってきて強引に次代の幕をあける、ということがあります。しかし、やはりそこには見えにくいが、水脈が流れ、続いている。テロでいえば、イスラム諸国の戦後史と、アメリカのとってきた中東政策がその水脈ということになるでしょう。 今回テロ事件をめぐって、何度か電話でやり取りをしたわけですが、やはり小浜さんの関心は、世界構想といったものに向けて大きなターンニングポイントでなるのではないかというように、やはり未来へと向けられていましたし、わたしの方は、これまでの経緯はどうなるのか、アメリカ自らの覇権主義ゆえの結果とも言えるのではないか、と過去を引き摺った感想を述べていたと思います。 むろんこうした、歴史へ向き合う態度の相違といったものであれば、問題になりません。それぞれがそれぞれの歴史に対する認識を深めていけばよいことです。しかし近・現代史と時間が近づくにつれ、そこでの歴史認識はきわめてアクチュアルなものとなり、いわば政治的な態度の表明という様相を帯びてきます。歴史に向き合うことは個の生きる態度と不可分である、という歴史の本質を剥き出しにするわけです。 そして戦争とはまさに政治の突出形態であり、「戦争責任」の問題は、一方の「神」ともう一方の「神」との対立という、共同幻想のせめぎあいというかたちをとることになります。しかし、敗戦とその後の占領政策という歴史的事実を持ったことにより、敗戦からの数年は、「断絶」というかたちを強いられた接続の時間であり、その諸矛盾がいまだ了解されていない、という事情が「戦争責任」の問題を厄介なものにしています。 最後に詳しく触れたいと思いますが、この意味では、小浜さんの『なぜ人を殺してはいけないのか』における「戦争責任」の章は、きわめて明快であり、かつ「神」の対立を殺すことにおいて際立っていたと思います。しかしそこで示された明快なスタンスは、佐伯さんの著作の書評においてはややシフトしているという印象を受けます。 その前に、佐伯さんの『国家についての考察』について、わたしなりに見ていきたいと思います。 |
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