主催者談義 小浜逸郎←→佐藤幹夫 往復メール

[目次(トップページ)に戻る]
差出人
日付
件名
 佐藤幹夫  2001/10/29  テロリズムから始まり一般意志へ 佐伯啓思『国家についての考察』をめぐって
 小浜逸郎  2002/1/15  Re:テロリズムから始まり一般意志へ -返信1-
 小浜逸郎  2002/5/10  Re:テロリズムから始まり一般意志へ -返信2-
 佐藤幹夫  2002/11/24  最悪の「戦争」について、ひとつだけ加えておきたいこと

From: 佐藤幹夫
To: 小浜逸郎
Date: 2001/10/29
Subject:

テロリズムから始まり
一般意志へ

佐伯啓思
『国家についての考察』
をめぐって
Page:2/7
  

2.危機とナショナリズム

  しかし、また、わたしが感じている「危機」の意味は、ここにはとどまりません。「危機」なるものを政治行動や政治思想として直線的に表出しようとすることの危険を、歴史は教えています。たとえば昭和初期という時代、世界の中で孤立を余儀なくされた「危機」が、農本的日本という土俗の心情と結託したとき、超国家主義というナショナリズムへと一気に傾斜しました。そこに軍部の独裁がかぶさり、日本型のきわめて狂信的なファシズムとなったわけです。むろん日本近代の土俗的ナショナリズムについて一言で言うことなどとてもできませんし、そこには世界状況も、複雑に絡んでいます。

  丸山真男は、「ナショナリズム・軍国主義・ファシズム」という論文で、次のように書いています。

  《ファシズムのもつとも広汎な背景は、第一次世界大戦後に資本主義の陥った一般的危機であり、その具体的な徴候たる慢性的恐慌と国際的な革命状況の進展に対して、資本主義世界の――相対的に――もつとも反動的な部分が示すヒステリックな痙攣としてファシズムはたちあらわれる。したがって近代社会の危機的様相はことごとくファシズム発生の温床(ヽヽ)となる。》
(『現代政治の思想と行動』所収・傍点原文)。

   あるいは一九七〇年には、連合赤軍の悲惨が、やはりわたしたちを震撼させました。六十年代後半から立ち起こる学生の闘争は、やがて出口を見失い、雲散霧消していくのですが、先鋭化していった一握りのグループが、まさに「危機」に立つ身体を「世界危機」に無媒介に直結させ、殺戮とテロだけを運動の表現とせざるを得ないメカニズムの中に入りこみました。また、オウム事件もそうでしょう。麻原という個が抱いたとてつもないエゴイズムが「危機」と直結し、その一挙手一投足が、「尊師下達」という宗教的回路の中で絶対化されたとき、教団の内部に無差別テロを可能とした、そのような事態を、ついこの五年程前にわたしたちは目の当たりにしたわけです。

  雑駁な言い方であることは承知です。個の「危機」が集団のエートスとして呼応しあい、そこに敵対するターゲットが見定められる。「危機」は先鋭化すればするほど孤立を余儀なくされ、ファシズムを生みだしていく。やがてそれは、さらに狂信化してゆくでしょう。その意味においては、何をそんなにお国の危機だと騒ぐのか、という揶揄には、一定の根拠がある、ひとまずはそのように言えるだろうと思います。

  むろんわたしは、今、ファシズムの危機にある、などといいたいのではありません。圧倒的な危機感のなかで、アメリカが「断固、制裁する」と決意した声に、わたしは止む無し、と感じたのですが、しかしまた一方で、自らの危機感をそのような「好戦的な場所」にむすびつけることに警戒してもいたわけです。

  小浜さん、ここまでのことであれば、今回の未曾有の事態を待たずとも言えることです。しかし、二重性がわたしの中にあっては「危機」によってつながれている、と書いたとき、実はもうひとつ意図があった。それは、「危機」の無防備な大連合はファシズムへの危険をはらむものではあるのですが、しかしまた一方で危機感とは、「国家意識」あるいは「国家の一員たる意識」を成り立たせる前提となっているのではないか、ということです。

  「国家」ということばにアレルギーを起こす人がいるなら、国民国家における公共性といってもいい。むろん国家意識=公共的感度、といっているわけではありません。国民国家の一員であるという自覚や公共的感度とは、自己の身体や社会が侵害されるかもしれない、という危機感によって、もっとも基底の部分を支えられているのではないか。公共感覚とはなんら生得のものではなく、自らの中に育て上げていくものであり、それは身体、生命、財産の侵害からいかに守るかというという、きわめて実際的な要請のうえになりたっている・・・。今回のテロの渦中にあって、そのことを強く実感していました。

  とすれば、ヨーロッパ諸国とこの日本とでは、公共的感度において雲泥の差があるのは無理からざることだといえます。地続きの国境を接していないという地理的好条件が、国ごと併合されたり滅ぼされたりしかねないという経験をほとんど持たなかったこと。つい百年程前まで、この国には「国家」といったものは存在せず、「世間」という共同体が、その代わりとなっていたこと。言い換えるなら「まつりごと」は「お上」のすることと厳然と区別され、一般庶民にとっては、「世間」に対する「義理としがらみ」が、この国の公共性の代わりを果たしてきたという長い歴史を持っているわけです。

  そして明治期、近代国家なるものを急ごしらえするわけですが、「国家」というものは家族のアナロジーとされてきました。民衆は「国民」であるよりも、「天皇の赤子」だったわけで、丸山真男ふうにいえば、その前近代性こそが日本型ファシズムの温床となったということになります。むろんわたしはこの国の後進性を貶めたいのではなく、危機意識をもたずにすんだ内外の条件をもっていたこと、それゆえ国民、あるいは公民といった公共的感度が育たなかったのはまったく当然ではないか、という単純なことをいいたいのです。

  そして戦後五十年。国家を家族と擬する意識はほぼ死滅しています。ここから今回取り上げてみたい佐伯啓思さんの『国家についての考察』に少しずつ触れていくことになりますが、90年代に入って「国家意識」なるものが、ほぼ解体し尽くしたらしいこと。それは、敗戦によるアメリカの占領政策とその後の安全保障条約によって、「民主主義」なるものが、実は反国家感情と結託し、結果、「国家意識」が即ナショナリズムと結び付けられ、忌避され続けてきたこと。佐伯さんの著作において詳細に論じられている通りです。ここに「人権」と「平等」とは、ただただ「私」のほしいままな欲望の表明であるとされる事情が加わり、「国家」と聞いただけでアレルギーを起こしてしまう事態ができあがったわけです。いわば日本人の「危機意識」を骨抜きにしていくことが、アメリカの占領政策だったとも言えるわけです。

  小浜さんは佐伯さんの著作を、賛意を込めて書評されているのですが、佐伯さんの本から、わたしが受け取ったもっとも大きなことのひとつが、このような「危機」のもつ両面ということでした。そこに今回のアメリカを襲ったテロが呼応したわけです。

  ヨーロッパ近代、ロック、ルソー、ホッブズにおいて市民社会の構想が模索されるわけですが、わたしの杜撰な読みにおいてさえ、彼らの「死に物狂い」といったエネルギーは確実に伝わってきます。いつ寝首を掻かれるか分からない時代、国家も市民社会も、個の尊厳も、何一つとして自明なものなどなかった時代です。十数年ほど前にルソーを読んだとき、そのエネルギーをうまく捕まえることができず、途方に暮れた記憶があるのですが、膨大な危機の集積が、ヨーロッパ近代国家をつくり上げてきたのであり、『社会契約論』におけるルソーの「途方もなさ」は、そのために費やされなければならなかったエネルギーなのだと、いま、わたしなりに納得しています。ヘーゲルもまた然りなのではないでしょうか。

  むろん、こうした言い方では、まだまだ不十分ですが、今回のテロに関してもうひとつ触れておきたいことがあります。迂回することになりますが、それは、「歴史」の問題です。

[次へ]