小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載紙:産経新聞
(2005年5月22日)

「自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」」
佐藤幹夫 著
洋泉社 刊
2310円

書評 「自閉症裁判」 佐藤幹夫 著

  二〇〇一年、浅草の路上で白昼、女子短大生が包丁でめった突きにされて殺害された。レッサーパンダ帽を被った犯人には「高機能自閉症」と診断されるのにふさわしい障害があった。第一審公判は三年余にわたり、被告に無期懲役の判決が下った。以上が本書の背景である。著者は知的障害、発達障害の子どもたちを担当する養護教諭の経験を二十年以上持つ。公判過程をすべて記録に収め、弁護人と深く接触し、加害者の生活を克明に追いかけ、被害者の遺族からもインタビューを採録するという徹底的な取材にもとづいて事件と裁判の真相に迫った渾身の力作である。

  本書のノンフィクションとしての画期的な意義はおよそ三つある。一つは、とかく犯罪報道では伏されがちな障害者の実態を、理論的な理解も含めてていねいに紹介していること、二つ目は、この種の事案処理に必要とされる微妙さが法廷ではいかに公正なかたちで取り上げられにくいかを執拗に明るみに出していること、三つ目に、被害者サイドの無念の声をもできるだけ拾い上げる客観的な取材姿勢を貫いていることである。

  著者の目論見はおおむね果たされていると言ってよく、よくもこんな困難な課題に挑んだものだとその心意気を大いに讃えたい。文体や構成にも工夫が凝らされていて一気に読ませる迫力を秘めている。障害者がらみの裁判とはこういうものかということを知る恰好の書である。しかし一個の「作品」としてみるとき、いくつか瑕瑾を感じないではない。著者自身が支えとした自閉症理論家への熱い思いの吐露がいくぶん素朴に出過ぎてはいないか、検察官や警察官、つまり「権力」側登場人物の生活心情への視線が書き込まれていないため、ややバランスを欠いてはいないか、そして加害者の妹の悲惨な生活描写を被害者への「祈り」としてつなげる手つきに無理と甘さがありはしないか、等々。ともあれ是非一読を勧めたい。