編集部からむずかしいテーマを与えられて、しばし考え込んだ。だが一方では、これまであまり光を当てられることがなかった「学童期」を取り上げるという斬新な企画に敬服の念を抱いた。なるほど、そういえばそうだ。幼年期と思春期のはざまの時期を一度は真剣に取り上げるべきだ。でもやっぱりむずかしい。
なぜこのテーマがむずかしいと感じられるのか。私は自分に聞いてみて、一般的な理由と私的な理由の二つがあると思った。
一般的な理由は、学童期が幼年期と思春期に比べて相対的に発達課題が少ないと考えられているからである。学童期はふつう、身の回りをケアすることに関して養育者から自立しており、しかもその前期(小学校四、五年くらいまで)においては、性衝動や家族からの自立衝動に激しく揺さぶられることがない。たしかに親としての私自身の経験に照らしても、育てるのにいちばん楽な時代、そして一体となって家族旅行などを楽しめる「黄金期」だった。課題が少ないのだから、大人がわざわざ普遍的な問題をほじくり出してその解決に悩むということにあまり意味を感じられないように思える。
けれどそれは、たぶん違うのだろう。そこだけを切り離してみれば、たしかに「大して問題なし」と言えるのかもしれない。しかし人間は連続した時間帯を生き、幼年期の結果として学童期があり、学童期の結果として思春期がある。とすれば、前後の両時期との関連において、この時期がいったいどういう人間本質の形成期に当たっているのかをきちんと押さえておくことは、かなり重要な意味を持つにちがいない。それがうまくいけば、現在の社会制度や私たちの養育姿勢がほんとうにこの時期に適切な対応の視線を投げかけているのかという問題も浮き彫りになるはずである。
この時期について考えるむずかしさの私的な理由とは、自分が小学校の現場にいるわけでもなく、しかも父親を卒業してしまってかなりの年数がたつことである(孫はまだいません)。要するに、私の周りにはいま、この時期に相当していてつぶさに観察できるだけの生きた「資料」がない。
しかたがないので、自分の小学生時代の記憶、小学生の子どもを育てていた時代の記憶、および、学童期の子どもをとらえた芸術作品などからヒントをひねり出すことにした。それにもとづいて、小学生がどういう意味で「自主性」をそなえた(またはそなえていない)存在であるのか、またそれはどんな生理的、社会的、心理的な条件に支えられることによってなのかを探ってみたい。けれども私の指摘は、現在の実態からはピントがずれてしまっているかもしれない。
二年生の時と思うが、雨がかなり激しく降っている日だった。学校からの正規の帰路とは少し離れたところに、その日欠席したクラスメートの家があり、私は、給食で出たパンをその子の家に届ける役目を先生から申しつけられた。パンは簡単な紙袋に包まれていただけで、しかもけっこうかさばる。重いランドセルと、傘と、草履袋と、パン。これらを小さな身にまとわせて私は出発したが、雨足は少しも衰えない。風も強く、傘を持ちこたえるだけで精一杯である。
しばらく進むうちに、パンの袋が破けてしまった。あともう少し、あともう少しと念じながら役割を果たそうと歯を食いしばって歩いたのだが、パンの中にも雨水が容赦なくしみこみ、もはやぐしょぐしょである。私は歩きながらとうとう泣き出してしまった。悔しいが、嗚咽が次々とこみ上げてくるのを抑えることが出来ない。だが、自分に苛酷な役目を申しつけた先生を恨むという発想はまったく浮かんでこなかった。
それからそのパンをどうしたのか、記憶がはっきりしない。役割を放棄してこっそり自宅に帰ってしまったか、ともかく友だちの家まで行き、その子のお母さんに「こんなになっちゃった」と正直に言って許してもらったのか……。
私は先生から「しっかりした子」として期待されていたのだと思う。しかし激しい雨の中をこれだけの荷物を持っていくのがいかにたいへんかという見通しを持てず、パンをランドセルの中に詰め込めばよいという知恵をはたらかせることも出来なかった。別に「しっかりした子」ではなかったのである。
現実対応の面で、そういうドジなところ、融通のきかないところが私にはいまだにある。しかし、私がこの経験を通して言いたいのは、「小学校低学年くらいの子どもは、課せられた義務を果たそうとすることに対して、命がけなほど真剣になることがある」という点である。特に私が責任感や正義感が強い子であったわけではない。そうではなくて、この年齢では、ほとんどどの子も「義務」とか「正しさ」という社会的な概念に向かって自分を見境もなく適応させようとする志向性をすでに持っているという事実を強調したいのだ。同時に、それにもかかわらず、それを遂行できるための具体的な知恵や行動能力がじゅうぶん身についていない。そして、義務遂行に対して真剣であればあるほど、そのことが、かえって知恵や能力とのアンバランスに対する明瞭な自覚を持ちにくくさせているのである。
私は年子の二児(上が娘、下が息子)を育てたが、あるとき二人が家の中で何かのゲームをやっている現場に居合わせた。といってもこちらは仕事をしていて、あちらは勝手に楽しくやっているのだと思っていた。そのうち、なにやら雲行きがおかしくなり、弟が「お姉ちゃん、ずるいよ!」と金切り声をあげた。私が「どうしたんだ」と言って介入すると、弟は必死で相手の不正を説明しようとする。姉のほうは別に論駁もせずにやにやしている。
実際何がどうだったのかよくわからないが、場面よりみて、弟の怒りが公正なものであること、どうも姉が持ち前の積極性と年長者の余裕によって「いかさま」をはたらいていたらしいことを私は直感した。そこで、それを直接に確かめて咎めることはせずに、姉に向かって「やめなさいよ、○○。ほら、△△はこんなに真剣に怒っているじゃないか。お前のほうが強いんだから、ずるいことはしないで仲良くやりなさい」と諭した。姉は逆らうでもなく、しぶしぶ私の諫言を受け入れた。
小学校低学年くらいの子どもは義務、ルール、正義、役割などの社会的感覚を身につけようとすることに対して「真剣」であり「懸命」である。それは、自分がこれから生き抜いていくにはまだとても弱い存在であることを無意識のうちに知っていて、大人たちの提供する規範の型にまっしぐらに自分を投げ込もうとしている姿なのだ。スタイルとしては規範への服従のかたちをとるが、そこにはこの年齢にふさわしい「自主性」の萌芽を認めることが確実にできるのである。
高学年になるとどうだろうか。
彼らはすでに二つのものを得ている。ひとつは、肉体的な成長や想像力の発達による行動半径の飛躍的な拡大である。そしてもう一つは、集団生活の積み重ねによって獲得した「折り合い」あるいは「妥協」の感覚である。
しかし、この二つは、しばしば互いに抵触する。個人の行動半径が大きくなればなるほど、ぶつかり合いの可能性が増すからである。そしてそのことは、人間の世界が権力闘争の場であり、心理戦争の場にほかならないことの自覚を強化させる。どうすればよいか。「折り合い」と「妥協」の感覚を活用して、大人から与えられたのではない彼ら独自の集団枠組みを自主的に作り上げる他はない。この集団枠組みの形成のされ方や、そこにはらまれる問題点については、後述するとして、二つの要素の持つ意味について、順に追いかけてみよう。
肉体的な成長と想像力の発達によって、この時期の子どもは、物理的な次元か、あるいは観念的な次元で「家出」を企てようとする。そのことがよく表現された作品に、小津安二郎監督の映画『麦秋』や、スティーブン・キングの小説『スタンド・バイ・ミー』がある。
『麦秋』では、鉄道模型を買ってくれとせがむ男の子が、父親の買ってきた食パンの包みを鉄道模型と勘違いし、開けてみて当てが外れたために食パンを足蹴にする。それを見とがめた父親が彼を殴ると、反抗して小さな弟とともに家出してしまう。親たちの心配をよそに湘南海岸を寂しげにさまよったあげく、結局、その夜のうちに警察官の手を経て帰宅し、事なきを得るのだが、小津は後年の『お早う』でも、今度はテレビという小道具を用いて同じパターンのエピソードを挿入している。
これらは作品のメインテーマというわけではない。しかし、小学校四、五年の男の子の小さな反乱感情をエピソードとして繰り返しはさむ小津の目は、この年頃の子が生活を家族に拘束されつつ心は徐々にそこから羽ばたいて行こうとしているその内的な矛盾のあり方をよくとらえているように思える。鉄道模型やテレビが欲しいという「物欲」は物欲それ自体ではなく、飛び立ちたくともいますぐには飛び立てない少年の疼きのきっかけであり比喩であるに過ぎない。
『スタンド・バイ・ミー』になると、いかにもアメリカらしく、登場する少年たちの家庭はもっと壊れていて、冒険への野望はその分だけスケールが大きく、またドラマティックである。少年グループ(一二歳)の一人が、行方不明になった少年の死体を何マイルも先の森の中で目撃したという兄たちの話を盗み聞きする。四人の少年グループは「死体を見に行く」ために親にウソをついて一夜の旅に徒歩で出発する。直接の動機は好奇心であり、目撃者として名乗り出て有名になりたいという欲望であり、友情の確認ごっこであり、奔放に車を走らせて女と遊びまくる不良の兄たちに対する嫉妬心であるように見える。だが、本当に彼らを駆り立てているのは、自分たちと同じような年齢で死んでしまった少年への強い感情移入であり、そして逆説的だが、「いつかは死ぬ」自分たちのこれからの人生に対する恐怖と不安なのだ。その恐怖と不安をシミュレートしておこう――これが少年たちに共通した深層心理である。それらは、この一見無意味な冒険の過程で、行く手を阻むいくつもの物理的な困難として実際にあらわれる。また後に作家と弁護士になる二人の優れた少年、ゴードンとクリスの会話の中にも。
小津の映画やキングの小説に登場する小学生は要するに何をしているのだろうか。人間がそれぞれ孤独でしかあり得ないことに気づいて「自分の生き方」を模索しはじめているのだ。それは、大人たちの規範に逆らう「自由な悪さ」を発揮することを通して、かえって彼らの「自主性」を培うのである。
ところで、ことわるまでもなく、「小学生」というラベリングは近代以降の新しいもので、社会性、人為性の強い存在規定である。人間の世界では、文明が進めば進むほど自然的な存在規定と思えるものが基底部に押し込められ、「第二の自然」としての社会的な存在規定がそれにふさわしい共通の人格特性を新たに上乗せしていく傾向が強くなる。たとえば「サラリーマン」などというのはその典型的なものであろう。
「小学生」という社会的な人格特性は、小学校の一クラスという狭苦しい集団枠組みのなかで長い生活時間をともにすることによって形成される。この人格特性は、特に高学年の場合、「幼稚園児」や「中学生」や「高校生」と違ってなかなか微妙である。
彼らは、まだまだ体が小さく知識や決断力や実行力などが足りないことを自覚しているので、決まったカリキュラムに従って授業を受けるという本筋のところでは教師の統率にほぼ全面的に従わざるを得ない(現在それが乱れていることが社会問題となってはいるが)。しかし、本筋を外れた時間帯では、同じクラスのメンバーであるという偶然的な条件の下に、一種の「自然集団」を自主的に形成したり壊したり再編成したりする。彼らはそれだけの行動力と複雑な心の綾をすでにそなえているからである。
そして先にも触れたとおり、この自然集団の帰趨は同時に、権力闘争、心理戦争の場でそれぞれがいかにサバイバルしていくかという厳しい課題に対する彼らなりの知恵と行動の錯綜が生み出すひとつの帰結でもある。それは流動的であるが、校内にいる限り枠組みの外には出られないために、いじめなどの内輪もめの可能性を濃厚に持つ。子どもによってはかなり苛酷な環境であると言えよう。
しかし中学生のそれに比べれば、執念深さや悪知恵がさほど発達していないので、まだいくらかは牧歌的であろうか。現在はもうそんなことは言えないのかもしれないが、私には、大げんかをしたすぐ翌日に互いにほとんど根に持たずにケロリとして遊んでいたり、非常識で変なやつだと思っていたクラスメートと急に仲良くなったりした憶えがある。そこには、中学時代のように、関係の亀裂を修復し直すための意識的な努力とか、距離を詰めるための腹のさぐり合いといっためんどうな手続きがあまり必要ではなかった。中学生に比べると、流れていく日常を特定の世界観や価値観のもとに固定して眺めるような連続性のある自我がそれほど確立していなかったように思える。そのぶん、思春期よりもやはり少し楽なのではないだろうか。
山田太一脚本、篠田正浩監督の映画『少年時代』では、終戦間近の田舎の小学校における、五年生から六年生にかけての友だち関係が描かれる。ことに男子クラスなので、権力闘争は熾烈である。
番長格で級長でもある大原君は、東京から疎開してきた育ちも成績もよいが体の小さい進二君に都会へのあこがれをかき立てられ、いち早く親友として自分の領分に囲い込む。ところが集団を統率するときには、進二君に対しても「友だち」ではなく、権力者として情け容赦のない強圧的な態度に出る。しかし隣町の悪ガキたちとの対立事情をよく知らない進二君が隣町に郵便物を取りに出かけたことを知った大原君は、自転車で必死に追いかけ、悪ガキに囲まれた進二君をかばって敢然と闘う。二人はしばらく小屋に隠れているが、写真館に立ち寄って二人並んで写真を撮ってから、暗くなるまでそこにいさせてもらうことにする。進二君が「大原君はとても優しいのに、何でみんなといるときには……」と遠慮がちに聞くと、大原君はやおら立ち上がって、進二君の頭を抑えながら「わからんのう、わからんのう、わからんのう!」と悲痛な調子で繰り返す。本当に、どうしてそうなるのか、彼自身にもわからないのである。
この場面は、クラス内の権力者として振る舞っているときの自分と、個別の友情を求めているときの自分とがどうしても分裂してしまう少年のあり方を解き明かした場面として鮮やかである。ここには、人間の共同関係がもつ二重性(私の言葉では、社会的関係とエロス的関係)がじつによく象徴されている。
大人の場合には、そういう二重性の解決のつかなさを経験によって何となく察知しているので、どちらの側にもあまり深く突っ込まないようにあいまいなスタンスを取ろうとする。また、両者を使い分けられるシステムもそれなりに整っている(より公的な場とより私的な場)。だが、「小学生」同士の交友環境にはそんなシステムはないし、関係の二重性に対する認識もじゅうぶん育っていない。そのため、かえって状況に応じて両者を過激に追求してしまうのだろう。近年起きた佐世保の女子小学生の悲劇なども、こうした「関係の混沌」を互いにうまく処理できなかったことに由来するのかもしれない。
小学校高学年の「自主性」に固有の特色があるとすれば、それは「個」としての自主性の確立としてあらわれるよりは、むしろ自分たちの社会集団を大人たちとは独立に、自然的に形成していこうとするところにあらわれると言えよう。そして、このことは彼らがまだ二次性徴を通過していないことに関係があるように思えてならない。
乳幼児期と二次性徴の発現との間に驚くほど長い社会集団形成の時期がはさまっていることは、人間社会の特徴である。連綿と続く人間の文化史がこの時期を長くしたのか、それとも逆にそうした人間固有の生物的な素質があるために、大人たちがこれ幸いとばかりにその時期に社会的な関係の訓練の場を持ち込んだのか。
これは、答えの出ない問いだろう。おそらく両者は相互規定的であって、ともかくそうなっているのだとしか言いようがない。
よく知られているように、性愛生活を重要視したフロイトはこの時期を「潜在期」と呼び、炯眼にも、人間の性発達過程に潜在期があることは神経症になる可能性を大きくしているのではないかと述べている。たしかに長い潜在期などがなく、性的な成熟が速やかに訪れて配偶者を小難しく選ばずに生殖過程に入り、しかるのち社会集団を形成してゆくという逆の順序ならば、ややこしい心的な葛藤を抱える可能性はずいぶん減るかもしれないし、性同一障害などもあらわれないかもしれない。しかし現実的な性交渉の経験に先立ってこの時期に心的な関係の葛藤を経験することは、文化的存在としての人間にとって避けられない過程なのだ。
これに関連して付け加えておきたいのは、次の顕著な事実である。すなわち、学童期においては、集団形成の力学が同性集団への二極分解のかたちをとってあらわれる。この時期では、おおむね、男の子は男の子同士でまとまり、女の子は女の子同士でまとまる。これは男女共学にしても変わらない。よって集団内部の個人と個人の葛藤も同性間同士であることが圧倒的に多い。
この事実は、次の逆説的な意味をおのずと語っている。つまり、この時期の「男の子集団」と「女の子集団」の区別は、私たちの文化的・記号的な識別意識にもとづくものであって、けっして個体としての男と個体としての女との具体的な対立と交渉の意味を持ってはいないのである(もちろん、例外的に早熟な個体間交渉や恋愛ごっこはありうる)。二次性徴を経ることによって初めて本格的な意味で、ひとりの男とひとりの女との内密で濃厚な関係の場が開かれるのだ。
このことからも、学童期の自主性獲得の過程とは、個別具体的な性愛関係の排除の上に成り立つものであって、だからこそ、それは「社会一般」の意味を学習するために不可欠の過程であるという結論が導かれよう。
以上、少ない経験と観察とから、小学生(学童期)の自主性とは何であり、それがどんな条件にもとづくのかを素描してきた。ひとつ心残りなのは、記述のための材料がほとんど男の子にばかり偏っていることである。神沢利子の『流れのほとり』には、作者の分身である女の子が、男の子たちの持つ集団形成の求心力をちょっと羨ましげに眺めている場面が出てくる。彼らは、女人禁制の秘密基地作りに熱中しているのだ。
では、学童期の女の子の自主性とは何なのだろう。これは、男性である私にはよくわからないし、少し自分が書いてきたこととは違うのではないかという気もする。ある大胆な仮説も思い浮かぶが、いいかげんなことを言うよりも、ここはひとつ、ぜひ女性に語ってほしいという期待を記して筆をおくことにする。