小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載誌:望星
(2004年12月号)

「成熟なき時代」と藤沢作品の意味

 現代は成熟しにくい時代だと多くの人が感じている。ほとんど誰もが、今の三十代は昔の二十歳だとか、六十ともなれば昔は立派な老人だったのに今では周りもそう扱わないし自分にもそういう実感が全然ない、などと口にする。でもそれはどうしてなのだろうか。 平均寿命が延びたからとか、晩婚社会になったからとかいうのは一応わかりやすい理由に思える。だがこれらはただの同語反復か、または成熟しにくさが具体的にどう現象しているかをなぞっているだけで、「理由」と呼ぶにはあまりに表層的で薄弱だという感じが否めない。もう少しこの表層的理由のそのまた理由のようなものを探ってみる必要がありそうである。そのためには、そもそも人が成熟するとはどういうことなのかを、「生きる」ことの内部から問うてみなくてはならない。

 私は先ごろ、若者がなかなか大人になれないことが引き起こす社会問題をどうしたらよいかについて、『正しい大人化計画』(ちくま新書)という本を書いた。具体的には、ひきこもり、フリーター、学力に見合わない高等教育受講者などが大量発生することによる「若者難民化」現象への対策である。その対策の提示に先立って、社会的・心理的な意味で「大人」と言えるためにはどういう条件が要求されるかをいろいろ挙げてみた。その中の一つに、「大人は子どもに比べてより深く死を内在化させている」というのがある。

「死を内在化させている」という言い方で表現したかったのは、子どもの養育や、親しい人との別離や身体の衰えの経験などを通して、自分の存在が有限である事実への自覚が深まっているということである。いや、このように哲学的な語彙を用いてしまうと、大切なニュアンスが少し殺がれる感じがする。

 自分の人生についての視野が開けてくる。あと何ができ、何はできないかがだいたい読めてくる。自分がかかわってきた人間のなかで、どの人はどれくらい大切で、どの人はそれほどでもないか、それらの人々に対して、それぞれどのような対応をとってゆけばよいかが何となくわかってくる……そして、私自身は最近、自分の過去を顧みてよく冗談交じりに言うのだが、昔に比べてだんだん「よい人」になってしまったように思う。

「よい人」になってしまったというのは、「角が取れて人格が丸くなった」というのとは少々違う。性格の核心部分はそんな風に簡単には変わらない。いささか不本意と感じられるくらいに、あくまで表向き「そうさせられてしまった」「よい人にならざるを得なくなった」のである。もっと皮肉めいた言い方をするなら、そういう人をそれなりに演じることができるほどに狡猾な余裕を手にしてしまったのである。

 これがおそらく成熟ということの意味なのだ。社交を積み重ね、ある関係を選び取り、その選び取った関係から一定の評価と承認を得ることによって残りの人生の「見積もり」がよりはっきりしてくる。若いころ不良でならしたスポーツ選手などが、実力でのし上がって多数の人々に注目されるようになると、マイク・タイソンなどのごくわずかの例外を除いて、ほとんどみな、急速に「よい人」になってくるのが見て取れる。こうした例を目の当たりにすると、ああ、成熟というのはこういうことなのだなという感慨を新たにする。それは自己の内部の混沌を一つの秩序に限定し方向付けることなのであって、つまりは、有限な存在としての自覚を深めることなのである。

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 時代小説などほとんど読んだことのなかった私が、ある時期から藤沢周平の作品に少しばかり親しむようになった。何となく、ではなかった。そこには私なりに、この世は何とままならないのだろうと、遅ればせながら感じさせるようないくつかの苦しい契機ともいうべきものがあった。

 私は藤沢の残した厖大な作品群のまだ半分も読み切れていないと思うが、そのかぎりで、彼の文学の特徴をあえて一言で言い表すなら、「ままならぬ世の中を小さな一身にそのまま引き受けて生きる存在の哀しみ」ということになろうか。剣豪もの、下級仕官もの、町人もの、博徒ものなど、主人公の身分によっていろいろに分類はできるが、どのジャンルにも共通して貫かれているのが、この印象である。そして彼の作品に触れようが触れまいが、この「ままならぬ世の中を小さな一身にそのまま引き受けて生きる存在の哀しみ」を、おのずと内部から感得するとき、人は自分の成熟――有限性の自覚の深まり――を否応なく認めざるを得ないのだ。後戻りはもはやない。

 藤沢の、暗く鋭い初期作品群の一つ(といっても労苦多き前半生のためにその文学的出発は遅く、四十五歳の時の作品)に、「帰郷」という博徒ものの短編がある(『又蔵の火』文春文庫所収)。

 主人公・宇之吉は、若いころ木曽福島出身の博打打ちだったが、親分の罪をかぶって江戸に逃げ、そこで厄介になった主人の女房とただ一度過ちを犯したために主人を殺す羽目になる。女は二年間宇之吉に連れ添うが結核で死んでしまい、宇之吉はそれ以後、どの親分にもつかない一匹狼として、博打打ちと喧嘩の助っ人稼業を続けながら長い放浪生活を送る。齢五十を過ぎてようやく病を得、とある木賃宿に寝込んでやや回復したとき、初めて里心がついて故郷に帰ってくる。人の様は変わり、かつての親分の二代目は落ち目で、宇之吉の兄貴分だった九蔵が貸元になっていて、一帯を支配する勢いである。昔恋仲だったお秋の家の前を通りかかると、若い女が顔を出す。やがてその女は、宇之吉が出奔した直後にできたお秋との間の一粒種・おくみであったことが判明する。お秋はとっくに死んでいた。おくみは若い博打打ちの源太と恋仲だが、九蔵に目を付けられており、源太は子分たちに命を狙われている。宇之吉はおくみには一言も告げずに九蔵とかけあい、手持ちの三十両と自分の命を形に賭に出て勝ち、おくみに今後手をつけない旨の証文を得るが、討っ手の急襲で暴行されたあげく三十両も証文も奪い取られてしまう。手傷を負い死病の発作で血を吐いた宇之吉は、おくみの家の戸をたたく。はじめ冷たかったおくみは、しだいに極道の父親にも情が移り看病するようになる。数日後の深更、宇之吉はひそかにおくみの家を出て九蔵の家に忍び込むと、源太が先にいて九蔵を狙っている。源太をおくみの元に返したあと、宇之吉は九蔵の寝込みを襲って三十両を取り返し、差しで匕首の勝負を持ちかける。橋の上で九蔵を斬り、さらに追っ手の数人を倒した宇之吉の前に、九蔵の子分で器量の大きい代貸しの浅吉があらわれ、事情を聞いてその場を収める。駆けつけていた源太とおくみに三十両を手渡した宇之吉は、二人を残して立ち去ろうとする。

 「どういうことさ。おとっつぁんはどうするつもり?」

 おくみが目を瞠って、不安そうに訊いたが、宇之吉はもう振り向かなかった。橋下に降りて、さっき隠して置いた合羽と振分荷を持って道に戻った。

 「達者でな」

 「また旅に出るつもり?え?」

 目を吊りあげておくみがまつわりついたが、宇之吉はもう足を早めていた。その背に、不意におくみが叫ぶ声がした。

 「行っちまえ、行ってどっかで死んじまえ」

 宇之吉は振り向いて微笑した。いまほど、おくみがぴったり寄りそってきていることを感じたことはなかった。途方に暮れたように、おくみを抱きとめている源太にうなずくと、宇之吉はまた背を向けた。また罵り声が聞こえた。

 「行っちまえ、バカ親父!」

 胸を抉るようなおくみの泣き声が、そのあとに続いた。

 どこに行くというあてはなかった。ただこの土地に、おくみの父親で腰を据えることは出来ない、ということははっきりしていた。宇之吉の内部に、また地獄の記憶が甦る。

 振り向いた宇之吉の微笑。その微笑の裏側に垣間見える心の襞のうちに、もはやゆっくりと噛みしめるだけの時間的余裕のない「成熟」が一挙に訪れている。宇之吉は罪滅ぼしのために娘孝行をしたのではない。一生を極道で過ごしてしまった自分の生き方そのものに一つの限定された意味を与えて落ち着かせたかっただけなのである。「行っちまえ、バカ親父!」という娘の悲痛な声に宿る愛憎こもごもの思いが、宇之吉の人生の宿命的な意味をいっそう際だたせる。彼はこの声に満足に近いものを感じたにちがいない。

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 もうひとつ例を挙げてみたい。著者五十一歳の時の短編「うしろ姿」(『驟り雨』新潮文庫所収)。

 女房に二人の幼子を抱えた裏店の住人・六助は、無類のお人好しで、外で酔っぱらって素姓の知れない酔客を家に誘い込んでは女房のおはまを困らせている。あるとき何と異臭を放つ乞食ばあさんを連れてきた。おはまはすぐにでも出ていってもらいたかったが、寒空に突き出すのも気が引けて、一夜だけ宿泊を許す。しかし翌日部屋の隅にうずくまっている小さな姿が、かつて生計の不如意から弟の元に追い出すことになってしまった姑の姿に似ていることを六助に指摘されて、しぶしぶ四、五日置いてやることにする。風呂に入れて垢を落としてやると、意外にこぎれいな品のよいばあさんである。子どもたちを孫のようにかわいがってよい遊び相手になってくれるので、結局ずるずると置き続けることになる。立ち退きを勧めていたある夜、風邪をこじらせていた下の娘の容態が急変し、夫婦はすっかりあわててしまう。ばあさんは突然きびきびと二人に指図し、熱い湿布をあてがって徹夜で看病に当たる。その甲斐あって娘は危機を脱しばあさんは命の恩人ということになったので立ち退きは棚上げとなる。さらに円満な大家・金兵衛を通して夫婦の「善行」が奉行所に知れ、金一封を授かり、ますます追い出しにくくなってしまう。ある日、六助の留守に、金兵衛が身なりのよい中年男をおはまのもとに連れてきて、ばあさんがその裕福な商人の実母であることが判明する。ばあさんは嫁との関係がこじれて家を出たのだった。絶対帰らないと言い張るばあさんを金兵衛が説得しおはまに同意を求めると、おはまは小さくうなずいてしまう。ばあさんは奥の部屋に入り、身を縮こまらせて泣いているらしい。おはまは気がとがめて「そんなに泣くほどいやな家なら、もうしばらくいる?」と訊いてみると、泣きやんだばあさんは、やはり帰ると答える。体面を気にして十両の礼金を出した商人におはまは反感を感じ受け取れないと突き返す。

 男と金兵衛の間にはさまれて歩き出したばあさんは、少し行くと振りむいた。そして不意に言った。

 「また来るからね」

 また来られてたまるか、とおはまはあわてた。あいまいに笑って手を振った。だが、心は何となく晴れなかった。男たちにはさまれて遠ざかるばあさんの小さな背が、六助にせき立てられながら弟の家に帰って行くときの姑のうしろ姿に似ているせいかも知れなかった。不満を隠した、淋しそうな背に見えた。

 「おはまさんも、これでほっとしたね」

 と女房の一人が言った。

 「まあね。片づいたからね」

 とおはまは言った。自分の家へもどったんだから仕方ないさ。そう思おうとした。留守の間にばあさんがいなくなって、六助はびっくりするかも知れないが、その六助に、ばあさんのうしろ姿が、姑のおくめに似ていたことは言えない、とおはまは思った。

 この作品の白眉は、おはまの何度とないためらいの動きが見事に表現されているところにある。物語のはじめから、人並みの人情と、やさしいが困った性癖の夫への思い、姑を追い出した時の複雑な心情などが折り重なって、ばあさんを決然と追い出すことが出来ない揺れる心が一貫して描かれているのだが、ことに最後の場面になると、その心の揺れがわずかの時間のなかに最大限に凝縮されてあらわれる。泣いているばあさんの小さい姿を見ては引き止めてみ、「また来るからね」と言われては「また来られてたまるか」と思い、しかし何となく心は晴れず、女房の一人に「ほっとしたね」と言われて「まあね」と応えてはみるものの、うしろ姿が姑に似ていることは夫に言えないと思う。

 人間関係の処し方に迷いが生じるとき、どのようにしてもすっきり解決のつくことなどはこの世にまれだが、しかしとりうる行動はただ一つ、あたかも解決がついたかのように振る舞わなくてはならない。振る舞わなくてはならないが、迷いだけは脳裏に宿り続ける。この矛盾を自ら味わわなくてはならなかった経験と、その経験を夫には語れないという決意めいたものとが、おはまにある「成熟」の感覚をもたらしていることは明瞭である。その意味とは、一つしかない人生のさまざまな局面において、いくつもの選択肢の狭間を右往左往しながら、やはり自分の身の処し方を一つに限定する以外にないのが人間の生きた姿だと悟ることである。そこに「ままならぬ世の中を小さな一身にそのまま引き受けて生きる存在の哀しみ」があらわれる。

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 私たちは、こうした「成熟」の経験をしにくい時代に生きているのだろうか。豊かさがあり、便利さがあり、長寿があり、それなりに整った社会制度があり、自由がある。「死」が、「有限性」が何だか実感として遠いように思える。でも、本当にそうだろうか。目を澄まし耳を澄まし、いくつもの関係を配慮しなくてはならない私たち自身の姿に心を重ね合わせるなら、ことさら老境に入るのを待つまでもなく、有限性を自覚する契機はいくつもひしめいているのではないか。藤沢周平の作品が読者の心を打ちつづけているのは、その一つの証拠ではないだろうか。