物書きになってから、時折、身の上相談のようなことを受ける機会がある。しかし相手のバックグラウンドを知り尽くしているわけではないし、カウンセリングの専門家でもないから、どんなふうに答えてよいものか、とても迷う。「その種の相談に乗る資格は私にはない」とはじめから切るのがいちばん賢いと思うのだが、私はなかなかそれが出来ない性分である。ついうかうかと話を聞いてしまい、そして責任も負えないのについ「こうすべきではないか」といったような回答を口にしてしまう。
もともと柄ではなかったはずなのに、最近、何となくそういう「お節介な、いい人」の傾向がさらに強くなってきたような気がするので、どうしてそうなってきたのか自己分析してみた。いくつか理由が思い浮かんだが、その一つとして、自分が塾をやっていた時代に後悔した経験が数々あり、その経験の反動で、来るものは拒まずという姿勢を自分に言い聞かせるようになったというのが考えられる。
後悔の経験とは、生徒個人の問題や、生徒間の関係の問題に対して、「もっと積極的に介入すべきではなかったか」「もっと早く手を打つべきではなかったか」というものである。たとえばある生徒Aは明るくて成績もよかったのに、母親の過剰な関与のために精神に失調をきたし、途中から授業中まったく演習も出来ずに鼻水を垂らして頭を机にこすりつけるようになった。あわてて電話で報告しても、母親は自分の子どもの失調を認めたがらず、話題を「勉強」や「成績」の問題に限定しようという自己欺瞞に陥っている。私は断固として「すぐ医者に診せた方がいいです」と言うべきではなかったか……。Aはほどなくやめてしまった。
またある生徒Bは暴力的な傾向が強く、障害をもつ生徒Cにたいして、私のいないところを狙って、複数の生徒を子分にして一種のいじめ行為を行った。そのことを間接的に知った私は、ただちにBを呼びつけて諭すべきであったのに、時機を逸してしまった。またやるだろうしシラを切るにちがいないから動かぬ証拠を押さえようと思ったのである。だがその機会が来る前に、Cの親から「いじめられたのでやめる」という旨の電話がかかり、Bのほうは授業をさぼり続け、私はBの親に事後報告のかたちで電話することが出来ただけだった。Bもそのままやめてしまった。学校だったらもっとこじれていたにちがいない。双方の退塾で胸をなで下ろす気持ちがなかったといえば嘘になる。
介入のタイミングとその程度、その質。自分の職分との関係。これらを考えながら現場処理の難しさに思いを致すと、私のような貧寒な経験しかしてこなかった者でも溜息の出る思いがする。自分はいま何とお気楽な身分でいられるのだろう。だが、だからといって、人助けをしようなどと大それたことを考えているわけではない。何だか自分が「お節介な、いい人」になってゆく内的な理由が納得できるので、そういう心の傾斜を偽善としてむげに退けることもないのかなと感じているだけである。