中高一貫校ブームである。2004年時点ですでに152校、文科省は今後これを500校程度まで整備する方針であるという。しかし例によって、いったい文科省はどういう理念からこの方針を推進しようとしているのか、首を傾げざるを得ない。
中高一貫校の利点、難点についてはこれまでいろいろ議論されてきた。前者は、長期にわたる計画的な指導方針が可能となるので個性や才能を伸ばすことができる、高校入試がないのでゆとりある学校生活を送ることができるなど。後者は、小学校卒業段階での進路選択は困難である、高校入試がなくなるため学力低下や意欲低下が心配されるなど。
しかし賛否どちらにつくにせよ、これらの議論は抽象的で、そこでは二つのことが疑われていない。第一に、高校はもともと義務教育ではないのに、すべての生徒が「普通高校」に通うことが果たして妥当と言えるのかという疑問。また第二に、文科省の推進方針は、現行の6・3・3制そのもののもつ問題点を棚上げにして、一部私立エリート校の進学実績にただ引きずられるかっこうで場当たり的な手を打っているだけなのではないかという疑問。
この二つの疑問が不問に付される背景には、中高一貫校是か非かの議論枠組みそのものが隠蔽している事実が見てとれる。それは、あるべき教育を考えるのに、それぞれの子どもの歴然たる学力差や適性の差をけっしてパラメーターとして繰り入れようとしないというこれまでの教育議論の通弊である。
もし現行の学制をとりあえず前提とした上で中高一貫校の利点があるとすれば、それは、優秀な小学生を早くから囲い込んで、高度な授業を施すことによって同程度の学力の持ち主同士で切磋琢磨させ、将来のエリート養成に役立てることである。ところがこういうホンネの議論はきちんとまな板に載せられたためしがなく、現に文科省は、公立の中高一貫校では受験エリート校化しないように、入学者選抜で学力試験を行わないようクギをさしているという。こんな欺瞞はいい加減にやめたらどうか。
学力優秀なのに家庭に経済力が不足している子女にもエリート校への門戸をより広く開くというところに、公立中高一貫校の意義を認めるなら話はよくわかる。しかしそれなら当然学力試験を行うべきだし、さらにこの考え方をもっと徹底させるべきである。徹底させるとは具体的にどうすることか。「普通高校」と義務教育課程とを切り離し、義務教育はだれもが身につけるべき知識や規範の養成の場として位置づけ直す。逆に高校はそれぞれに専門カラーを打ち出した多様な実践教育中心の場とする。従って私立中学は原則廃止とし、逆に高校は私立を主体とする。「普通高校」は、国家社会のためのエリート養成の場として位置づけ、その数を二割程度に削減し、学費のかからない国公立のみとする。
十数年にわたる教育課程を国民のほとんどが通過する今日、文教施策はこの層の広大さと時間の長大さとを常に射程に入れた総合的なものでなくてはならないと思うのだが、いかがだろうか。