自分の小中高時代を回顧する著名人の発言にしばしば出会う。自分は学校にどんな気分で通っていたか、どんな教師と出会ったか、どんな交友関係だったか等々。これらが語り手によって総括されるとき、概して「学校」という社会一般や「教師」という職能一般への情緒的な評価に結びつくことが多い。そしてそれは否定的なものと肯定的なものとに二極分解してあらわれる傾向がある。「学校が嫌いでしょうがなかった」「尊敬できる教師にひとりも出会った覚えがない」が前者のたぐい。「学校ではすばらしい友人に恵まれ、かけがえのない少年時代を送った」「恩師には人生のなんたるかを深く教えられた」が後者のたぐい。割合からすると、最近では前者が後者に大差を付けている印象が強い。「学校社会に対する倦怠」といういまの時代状況がいつの間にか発言者に影響を与えているのだろう。
だが回顧という営みには、回顧される事態と回顧している「いま」との間に、後々の人生経験から得た感得が必然的に介入する。だれでも自分の過去をプラスの意味でもマイナスの意味でも「神話化」することを避けられないのである。このことに自覚的である人は案外少ない。まして著名人は自分の固有な才能と努力によっていまの地位を勝ち得ているから、過去をよっぽど丹念に辿ろうとする意欲を持つ機会を与えられないかぎり、たまたま強く印象に残っている私的な体験を無意識に選択し、それを材料にして「教育」一般を語るという誤った理路に陥りがちである。要するに「気楽な放言」である。
私自身は気楽な放言の公表を求められるほどの著名人ではないし、物事に対してひねくれた懐疑感覚をもっているので、この種の放言に出会うといつも違和感を禁じ得ない。本当に全面的に「学校が嫌いでしょうがなかった」のかね。あなたは本当に「尊敬できる教師にひとりも出会った覚えがない」のかね。安易に一般化できるような「人生の教師」がいたのかね。人との関係を生きるということはもっと混濁した流れをくぐり抜けることではないのか。
しかし、かく言う私にも、どんなに懐疑感覚をめぐらせてさえ、ほとんど絶対的に尊敬に値する理想の教師と呼ぶにふさわしいと感じられた人がひとりいる。中学校時代の数学教師・T先生である。しかしそれはあくまで「私個人にとって」である。もともと大集団が苦手で勉強嫌いではあるが成績はよかった私が、後々学校社会も捨てたものではないという感慨を抱くようになったいきさつには、緻密でわかりやすく、計画的で厳しく、懇切ていねいで、悪しき「金八」的な情熱の過剰には抑制を利かせたT先生の存在がいくぶんか寄与している事実だけは、疑いないようである。
人は集団を生きることから逃れられない。それは必ずしも現代日本における「学校」という形を取らなくてもいいかもしれない。しかし年少時に一定の権威と秩序をもった集団枠組みをくぐることを通してこそ、まともな「市民」としての自由を実感できるようになるのだという鉄則を忘れてはならない。