小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


講演「女と男のいる社会」
日時:
2004年5月15日(土)
13:30〜17:30
場所:
東京工業大学 大岡山キャンパス
主催:
東工大JCプロジェクト実行委員会、朝日カルチャーセンター

講演「女と男のいる社会」レジュメ

I. 性愛編

(1)人間の性愛の生物学的条件

発情期の喪失→いつでも、だれとでも→性関係の乱脈さ
生殖能力の獲得までに長期間を要する→先に「エロス的な心」が育つ
両親との関係、兄弟姉妹との関係、友達との関係etc.

(2)労働との関係

複数身体の活動は基本的に二つ
労働は社会秩序の根源
(1)のアとの関係――公開性と秘匿性(参:橋爪氏の「猥褻論」)
性愛世界に対して抱く感情の奇妙さ

(3)恋愛感情の特質

強い「えり好み」性←(1)のアとイとが作用する
身体美への欲求にも「心」の美への欲求にも必ずしも還元されない
「蓼食う虫も好きずき」「割れ鍋に綴じ蓋」
ブスや醜男に惚れる、悪い男に惚れる、悪女にハマる
プラトンの恋愛把握について(『饗宴』『パイドロス』)
「個別の肉体」「肉体美一般」「人間的な魂の美」「美そのもの」
この説への異論:
  1. 三つの詐術 恋の狂おしさの肯定、恋愛欲求を「美」を求める心へ一般化、「ひとへの恋」と「知への恋」との同一視
  2. 「かくあり」と「かくあるべし」とを区別しない
  3. ここにはプラトンの政治的な目的意識があった
個別の心身そのものへの一体化を求める
恋愛感情は、美への欲求ではなく、「雰囲気の合致」への欲求である
障碍や禁忌があるとかえって昂揚する
距離、時間の隔たり、規範の厳しさ、周囲の目、不倫など
身持ちが堅いという身体イメージ
片思いの自己拘束→固くなってなかなか近づけない。相手を神聖視してしまう
→現代日本ではなかなか「情熱恋愛」が成立しにくい
当事者の側に羞恥心、非当事者の側に猥褻感が生じ、しかも両者は互いに越境しあって性愛感情の昂揚に寄与する((2)のウとエに関連)。「色気」その他
自我の鎧が溶ける(対立するものとしての自他関係がなくなる)
自分の存在や振る舞いが相手に歓びを与えていることが確信できることで自分の歓びも増す
身体の交わりが生殖の過程になだらかに移行しない
身体の交わりがきっかけとなってより深い同一化を求めさせる
同時に葛藤、苦しみ、憎悪、ストーカーなどを生み出す
「恋愛は性本能」説(シニシズム、自然の盲目的意志、遺伝子の乗り物など)の誤り。生物的条件を基礎としているが、けっして単なる性本能ではなく、むしろ人間の「妄想」性、「多型倒錯」性をもっともよくあらわす営み
→恋愛は本質的に不安定である。

II. 結婚編

(1)恋愛と結婚の違い

恋愛→結婚という順序は自明か。お見合い制度など
王朝文学やフランス近代小説における恋愛と結婚の関係
恋愛は現在における発熱、日常からの飛翔
「恋愛・している」と「結婚して・いる」
結婚は日常性を選び取る決意、日常を企画すること
「過てる結婚」はあるが、「過てる恋愛」はあり得ない

(2)結婚とは何か

結婚とは永続的・排他的な性関係を周囲の人々に承認してもらうこと←人間的な性意識の乱脈さ( I の(1)のア)
いわゆる「事実婚」について
結婚はなぜ「めでたい」とされるのか←必ずしも当事者の「愛」が実ったからではない。一般的な共同性の秩序との妥協の成立
結婚は「心情の契約」である→「行為の契約」との違い→結婚の不安定さ
結婚生活はその目的を外部にもたない
キルケゴール『あれか、これか』のA氏とB氏→B氏の「初恋のように美的だ」は強弁。しかしどんな外部の目的(性格の学校、種族の繁栄に寄与、憩いと安らぎを得る等)ももたず、それ自体を目的とするという指摘は正しい。

(3)結婚の意義と効果

結婚は「有限な生」により具体的なイメージを与える←周囲の承認を得ることが当事者に照り返す
「子どもを産み育てる」ことは、結婚の概念にあらかじめ織り込まれている
子どものいない夫婦→「観念の子ども」をはらむ
結婚制度は一般社会と当事者の両方に都合がいい
一般社会――個体の有限性を超えた連続性を維持する必要→子どもの養育責任を夫婦に課す
当事者――排他性が承認されることで、乱脈さ、不安定さから一応免れる(特に女性)。

(4)結婚生活の諸段階

性愛段階――相手を分かり尽くす段階(分かられることの快。退屈の芽生え)
うまくいけば暗黙の共通感覚の確立、自己了解の深まり
生活段階――主として子育て(役割の政治学。子育ての楽しみと苦労)
うまくいけば呼吸のあった分業体制の確立、空気のような安定感の成立
問い直し段階――子育て終わりかけ(反省と老後展望の時期、空虚感到来の危機)
うまくいけば新しいアレンジによる再生
看取り段階――老衰と病と死(孤独感、あきらめ、衰えの不均衡)
うまくいけば看取りが「仕事」になる

(5)社会状況的問題

非婚化・晩婚化 
その要因:寿命の延び、社会的成熟の遅延、生活水準の高度化、パラサイト願望、恋愛の自由化による迷い、単身生活環境の整備etc.
晩婚化はそれほど危機か? 国力の衰え? 個人生活は豊かになる?
出産適齢期を逃す→出産医療テクノロジー、医療ケアの増進によってカヴァー?
中高年離婚増加
その要因:寿命の延び、女性の経済力、単身生活環境の整備etc.
離婚増加はそれほど危機か? ←再婚率も増加している

III. 家族編

(1)家族とは何か

外部から抽象的に定義せず、その内的な原理から定義すること
基本型と家族の擬制とを区別すること(同性愛夫婦など)
起源と本質とを区別すること(家族は初めから画然と存在したわけではない)
だんだんその輪郭をはっきりさせてきた(他の集団との関係が意識されてきた)
家族の定義:性愛的な心身の相互占有関係を横軸とし、血縁的な世代関係を縦軸とするとき、両軸が交叉する地点を核として作られる共同性(共同観念)
家族とは上の定義にもとづく相互認知の観念の構造そのものであって、それ以外ではない(同居しているかいないか、愛情が深いか浅いか、財産を共有しているかいないかetc.)

(2)家族の成立条件

一対の男女が性的交渉を持ったことを特別の物語として意識すること(性的交渉による「心情の契約」が時間に耐えること)
親が次世代の養育責任を引き受けることによって社会(一般的共同性)の関心との間に接点を持つこと
近親相姦の禁止が維持されていること―― I. の(1)のアからして、社会秩序全体に関係する

(3)近親相姦はなぜ禁止されているのか

「劣悪な遺伝子を残しやすい」説、その他諸説の誤り
レヴィ=ストロース説の難点と自己矛盾
「制度の起源は、漠然とした、仮定に基づく歴史的図式のうちによりむしろ、常に現存し、経験によって検証可能な諸機能のうちにある」(『親族の基本構造』)
  1. 「女性=交換財」説は、現代家族では当てはまらない
  2. 「恐れ」「忌まわしさ」という感情の根拠が説明できない
  3. 母子相姦禁止の理由が説明できない
小浜説「近親相姦の禁止過程と家族の成立過程とは同じプロセスである。両者に先後関係はない」→近親相姦の禁止こそが、認知の構造としての「家族」を支える

(4)社会状況的問題

少子化――年金問題などは、団塊世代が死滅すれば解決
児童虐待――嬰児殺は、50年代の十分の一。養育水準の高度化でクローズアップ
家族崩壊?―― III. の(2)のどれか一つが完全に崩れないかぎり、家族は崩壊しない。崩壊させたくなければ、三つの条件を守るようにすればよい。