小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載誌:Voice
(2002年08月号)

葦の髄から天井覗く

ご隠居
おや、どうした八公。おめえらしくもねえ、小難しい面しやがって。
八  
いや、それなんすがね。築地の「論座」ってとこの七月興行で「俊輔・俊介」とかいう、えれえ年季の入った二人の師匠がためになる小咄やってるってんで、この怪しいご時世だ、たまにゃ勉強もしなきゃと思って聞いてきたんでさ。
ご隠居
そりゃまた殊勝な。あたしもその二人なら知ってるよ。で、出し物はなんだ。
八  
それがどうもしちめんどくさくて、思い出せねえんで。
ご隠居
やっぱりおめえらしいや。
八  
んでも中身はおおよそ頭に残っとりやす。なんでもこう、偉い人の話いっぺえ出してきて、ガキが一人前になるにゃあ、お袋や徒弟奉公や寺子屋はかえって邪魔だってなこといってるらしいんすけどね。いや、そうでもねえのかな。ガキが何やっても叱らねえで黙って見てるのがいいお袋なんだみてえなことも言ってたな。あんまし世間と食い違うこというから度肝抜かれたんすけど、あとんなってみるてえとどうも合点がいかねえもんで、ここは一つご隠居さんに講釈してもらおうかと思いやして。ってのは、あっしなんざ、こんな出来損ないでも、お袋にぶったたかれて、先代の親方んとこ徒弟にへえって、おかげさんでやっとこさ一人前にしてもらったと思ってるもんすから。
ご隠居
ふむふむ。ははあ。そりゃな、八。おめえの世間が狭いだけの話よ。偉くなった師匠の中にゃあな、えてしてそういうことをのたまう手合いがいるもんなんだ。
八  
そんなもんすかねえ。でもわかんねえのは、あんひとたちゃあ、てめえはえれえ修業積んで、いいとこの師匠にほめられて、そんで偉くなってるんじゃねえんすかい。なんでてめえの踏んできた道を「ないほうがいい」みてえに悪く言うんすかね。
ご隠居
そうさな----。連中は、てめえの子どもんときのことをしょうもねえ悪ガキだったっていってなかったかい。
八  
いってやした、いってやした。二人ともひどく自慢げでやしたね。
ご隠居
それだよ、八。連中はな、てめえはだれの世話にもならねえで大きくなったって言いたくてしょうがねえだけなのさ。
八  
へえ、なぁる。そりゃわかんなくもねえな。んでもご隠居さん。あんひとたちゃ、ガキのころから出来がよかったんじゃねえんすかい。それと、世間の普通の連中が親や他人様の世話にならねえほうがいいって話とは、ちょいと筋が違やしませんか。
ご隠居
八。おめえ、今日はさえてるな。この梅雨時に雪でも降ってきそうじゃねえか。
八  
よしてくだせえよ。ご隠居さん。まじめに答えてくだせえよ。
ご隠居
ま、有り体に言やあな、俊輔師匠はかなり出来が良かったらしいが、俊介師匠のほうはそうでもなかったらしいな。出来があんまり良くねえのになんとか看板もらうと、こんだぁ、出来の悪さを大袈裟に自慢の種にするんだあね。だけど、俊介師匠だっていまはそれなりに偉そうにしてんだから、どっちにしても、おめえの言うとおり、筋が違うことぁ確かかだ。
八  
そうそう、それで思い出しやしたけど、俊介師匠がね、てめえんとこのガキが寺子屋の師匠の言うことをきかねえのを自慢するもんで、俊輔師匠がそれを受けて、そりゃ素晴らしい、お上に言上してご褒美賜るといいみてえなこと言うんでやすよ。あっしゃあ思いやしたね、なんてこった、そんなら、はじめから寺子屋なんぞ通わせねえで、てめえで育てりゃいいじゃねえかって。
ご隠居
そうかい。二人とも、もうちょいとマシかと思ってたが、いよいよ焼きが回ってきたな。そろそろ引導渡したほうがいいんじゃねえかな。で、話のオチはどうなったい。
八  
俊輔師匠がてめえの寺子屋時代の師匠をバカに持ち上げてやしたね。問答無用で弱い方に味方したとかってんでね。こいつも理にあわねえし、師匠なんざいらねえっていう今までの話と逆さまじゃねえかと首をひねったんすけどね。
ご隠居
つまりはな、連中は、しょせん高座で馬鹿話やってるだけで、ご時世が怪しいのをほんとに心配なんかしていねえのさ。
八  
するってえと身銭切って聞きに行ったあっしは、なんか勉強になったんすかい。
ご隠居
さあてね。師匠、師匠と仰がれてる連中でも、おめえほどにも物が見えねえで、「葦の髄から天井覗く」ってのがけっこういるってことがわかっただけでもめっけものじゃねえのかい。