小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載誌:Voice
(2002年04月号)

商店街は変わらない

  私は都内南部のあるビルの一室を仕事場としているが、私鉄の小さな下車駅からそこまで十数分の距離を歩く。そのたびにある「思い」が心をかすめる。この「思い」は、なかなかうまく言葉にならないのだが、できるだけ正確に伝えるよう努力してみたい。

  駅の周辺には、零細な商店が軒を接してひしめいている。八百屋、弁当屋、惣菜屋、文具店、薬局、荒物屋、電気器具量販店、焼き鳥屋、洋品店、和菓子屋、中古品店、酒屋、乾物屋、ラーメン屋、小さなスーパー、コンビニ、なかには、ラップやガムテープやビニール袋など、梱包や包装に使う品だけを並べている店もあり、また、店先で頓狂な声を上げるオウムの籠をおいた鍵屋などというのもある。どういうわけか、ことに花屋が多く、数十メートル歩くだけで四、五軒はぶつかる。古い町なので低層の住宅が多く、居住密度が高くはないから、これらの店はどれも活況を呈しているとはとても思えない。まあ、取り立てていうほどのこともない、どこにでもある半分さびれかけた商店街の光景ではある。

  それでも、夏から秋にかけては、夜になると店の前に縁日の夜店のようなものがたびたび並び、それなりのにぎわいを見せているようだし、一年中、電柱に取り付けたスピーカーから、「お正月」「雛祭り」などの季節にちなんだ童謡が流れていて、商店連合会の切ない努力がにじみ出ているのが感じられる。

  これらの店の間を毎日通り抜けながらまず頭をよぎるのは、この人たちは、この商売で、日々の生計を満たすに充分なだけの売り上げを得ているのだろうかという(余計な)心配である。しかし、頻繁につぶれている様子もないところから見ると、おおかたの店はなんとかやりくりしているものと見える。だがなかには、梱包品だけを売る店や鍵屋のように、どう見てもほとんど客が来るとは思えないものもある。そこで次に考えるのは、これらの店のなかには、かなりの割合で、主たる働き手がほかに勤めを持っていて、老人や主婦などが副業的に営んでいるものがあるのではないかということである。一応それで納得はいくものの、それにしても、生鮮品を売る店や飲食業などは、毎日の仕入れ量をどの程度に見積もっているのだろうか。古い地区の住民というものは、売れ残り品を買うことにさしたる抵抗を感じないのだろうか。


  私は昔から、けっこうこの種のことが気にかかるたちである。少年時代、実家からほどないところにかなり大きな商店街があったが、いつ通ってもほとんど客が入っている姿を見たことがなかったので、母と共に、いったいあれらの店はどうしてつぶれないのだろうと不思議がったものだったし、中学時代の友人の母親が切り盛りしていたあまりぱっとしない洋品店が、あれでもけっこう儲かって生活の足しになっていたのだと後から聞かされて、へえ、そんなものかと驚いたものだった。

  ところで、冒頭で述べた、私の「思い」とは、単に、零細な商店がどうして保っているのかという謎のことではない。折しも今日、くだんの商店街の一角にあるスパゲッティ屋で遅すぎる昼食をとっていると、店の主人と常連客との会話が聞こえてきた。話題は、ソルトレーク・オリンピックのスノーボード競技についてで、常連客は、熱を込めて難易度の高い技に関する蘊蓄を傾けていた。

  世にはいま、不況、リストラ、失業、株価下落、不良債権処理の遅滞、構造改革と抵抗勢力とのせめぎ合いの嵐が吹き荒れている、と少なくとも大メディアは連日のように報じている。しかし、ここ零細な商店街の一角には、そんなことなどどこ吹く風のなんとものどかな空気が流れている。零細な庶民の実存感覚というものは、マクロ的な政治課題、経済課題に、政治家や官僚や財界人や知識人が目の色を変えて取り組んでいても、またたとえその課題の解決に彼らが失敗して、そのあおりを実際に手ひどく食らったとしても、大して変わりがないのではあるまいか。これまでも、いつも、いつもそういうものだったのではないか。数十メートルに五軒の花屋がひしめいていて、それを当たり前のこととして彼らはこれからも生きていくのではないだろうか。

  これは、別にこと新しく指摘するほどの事実ではない。またこういう事実を、「生活庶民のたくましさ」などという言葉で美化するのもあたらない。それは、「政治」や「社会」や「国家」などの公共的な世界に対する大衆の無責任感覚と逆に言い換えても同じことだからだ。けれども、「世界不況」や「失業率5.6%」などの大文字の言葉や数字にあまりに翻弄されるのも考えものである。人は「大きい話題」によっても生きるが、またそのつどの身辺の関心に終始するほかない存在でもあるのだ。