限られた紙数の書評で、私事にわたり恐縮だが、著者・櫻田淳氏と私との間には浅からぬ因縁がある。櫻田氏が一九九六年に上梓された『「福祉」の呪縛』(日本経済新聞社)に、私は従来の「障害者言説」にありがちだった「弱者」の特権性を楯に国家の福祉政策の貧困を告発するという「左翼的」発想を見事に突き抜けた新鮮な思想を感じ、そのころ始めた私的な読書会のテキストにいち早く選んだ記憶がある。その後私は私で、いわゆる「弱者」を聖なる存在として祭り上げる戦後民主主義の息苦しい空気に違和と疑問を呈する一著(『「弱者」とはだれか』PHP研究所)をものすることができ、それが機縁となって本誌上での彼との対談の機会を得た。その後、さらにPHP研究所から彼との対談集『「弱者」という呪縛』が上梓される運びとなり、昨年晩秋には、私が主催者の一人である講座「人間学アカデミー」の講師をお願いするというかたちで現在に至っている。
櫻田氏は、言わずとしれた気鋭の政治学者だが、その論述には、出生時に脳性小児麻痺を患ったという苦しい実存的状況を独特の仕方で繰り込むことによって切り開いた、普遍的な社会哲学ともいうべき「強い」思想が貫かれている。本書は、彼が再び「弱者保護の福祉思想」に批判的に挑んだ力作だが、本書においても彼の筋力の強さが随所に盛り込まれている。その主張の核心は、次の諸点にまとめられよう。
櫻田氏は、希望を捨てないリアリストである。その視線は、たとえ「福祉」を問題にしても、けっして彼自身が後書きで自ら危惧しているような「障害者の立場に寄りかかった」ものなどではない。こういう視線で「福祉」や「弱者」や「差別」を考えることをこれからもやめないでほしい。