立花隆氏は、1985年から1992年まで、足かけ八年にわたって、驚くべき精力を注いで脳死問題に取り組んできた。現在これは、『脳死』『脳死再論』『脳死臨調批判』という「脳死三部作」として、中公文庫にまとめられている。そのページ数の合計から割り出すと、四〇〇字詰め原稿用紙で実に約二〇〇〇枚に及ぶ。いったい、どんな情熱と動機が立花氏をして、これほどこの問題に精力を注がせたのか。この稿では、立花氏の脳死論が、果たして人間の死の問題に関して、その膨大な執筆エネルギーに匹敵するだけの豊かな見識を提出し得ているのかどうかに焦点を当てて検証してみたい。
立花氏が猛然と脳死論を展開している八年間、およびそれ以降に、脳死問題をめぐってどんな社会的・政治的な動きがみられたか、その主なものを拾い上げると次のようになる。
| 85年12月 | 厚生省研究班が脳死判定基準(いわゆる竹内基準)を公表 |
|---|---|
| 88年 1月 | 日本医師会生命倫理懇談会が脳死を人の死と認める最終報告 |
| 90年 2月 | 政府の「脳死臨調」が初会合 |
| 91年 6月 | 脳死臨調が多数意見で脳死を人の死と認める中間意見を発表 |
| 同年 9月 | 日本弁護士連合会の理事会が脳死臨調の中間意見に対し「脳死を人の死と認めることはできない」という意見書を提出 |
| 92年 1月 | 脳死臨調が多数意見で脳死・臓器移植を承認する答申を首相に提出。これを承認しない少数意見も併記する、という異例の答申で評判を呼ぶ。 |
| 94年 4月 | 脳死を人の死とする臓器移植法案が議員立法として衆院に提出される96年 9月臓器移植法案、衆院解散で廃案に |
| 同年12月 | 旧法案とほぼ同じ内容の臓器移植法案(中山案)が衆院に提出される97年 3月中山案に対し、脳死を死とせずに臓器摘出できるようにする対案(金田案)が提出される |
| 同年 4月 | 衆院本会議で、中山案可決、金田案否決 |
| 同年 6月 | 中山案を修正した「臓器提供時に限って脳死判定する」という案が衆参両本会議で可決、成立 |
| 99年 9月 | 厚生省(当時)、「法的脳死判定マニュアル」発表 |
立花氏は、この過程の前半部分において、精力的に脳死問題に取り組んだ。しかし、「立花隆のすべて」(文芸春秋編)の年譜をみると、臓器移植法案が具体的な政治日程に上るようになってからは、むしろその関心を、宇宙問題、臨死体験、政党再編成問題、インターネット、オウム事件、環境ホルモン問題、人体再生医療技術など、次々に現代の最先端で話題となるテーマに移していっている。
もちろんこのこと自体は、ノンフィクション作家としてのキャパシティの広大さを語るもので、彼の名誉でありこそすれ、まったく非難すべきことではない。しかし99年 4月に、彼が、ドナーカードに署名し、自らが脳死と判定された場合でも心停止の場合でも、すべての臓器を提供する意思があることを明らかにしたとき、「あれ?立花さんは、現在の脳死・臓器移植の合法化に反対の立場じゃなかったの?」というとまどいが一般の読者から生まれ、小さな物議をかもした。
たしかに外側からみると、脳死判定(竹内基準に基づく)による臓器移植にあれほど反対の論陣を張っていたはずの人が、何年か後に突然ドナーカードに署名したとなれば、一見したところのその変節ぶりにクエスチョンマークをつけたくなる。だが、彼の「脳死三部作」と、ドナーカード署名後に「中央公論」九九年七月号に発表した論文、「ぼくはなぜドナーカードに署名したか」(以下「ぼくはなぜ」と略記)をていねいに読むと、これは彼の変節ではなく、それなりに一貫した世界観に基づく言動であることがわかる。問題とすべきなのは、彼の思想の変節ぶりではない。それは加齢による個人的な心境の変化として寛大に遇されてしかるべきたぐいのものだ。問われなくてはならないのは、むしろその世界観、人間観の一貫性自体がはらんでいる「限界」のほうなのである。立花氏の思想を批判するには、彼のこの頑固一徹な世界観・人間観そのものを俎上にのせなくてはならない。
そのことをきちんと見抜くために、まず彼の脳死論が、どういう着眼のもとに構成されていたのかを正確に抽出してみる必要がある。
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彼がかつて脳死判定・臓器移植推進の流れに執拗に異論を唱えたその基本的なモチーフは、きわめて単純明快な立場と趣旨によって貫かれている。そういっては立花氏に失礼かもしれないが、二〇〇〇枚のボリュームにもかかわらず、要するに、その主張は次のような数十行にまとめることができる。
自分は、真に科学的な根拠に基づいて脳死判定がなされるならば、臓器移植そのものに反対なわけではない。しかし現在(当時)の脳死判定・臓器移植の合法化の流れは、「脳死」という概念を混乱させたまま、科学的にみて不十分な判定法によって推進されようとしている。「脳死」の概念を正確に捉えるならば、脳死が人の死であることは論をまたない。脳は人間のアイデンティティの座であって、それが全体として壊死することは、まぎれもなく人の死を意味する。従来の死の三兆候(瞳孔散大と対光反射喪失、自発呼吸の停止、心停止)による判定にしても、それが結局は、脳への血流停止と、それに基づく脳細胞の壊死(器質死)に不可避的に導かれるとみなされたからこそ、一定の権威を持って承認されてきたのである。しかし、脳死・臓器移植推進を合法化するために現在根拠とされている竹内基準は、脳死を「全脳の不可逆的な機能喪失」と規定した上で、その事態を確認するための諸テストを列挙しているが、これでは本当に全脳死である条件を満たしているとは言えない。竹内基準の諸テストによって確認できるのは、たかだか脳全体から選ばれたいくつかの部分の機能死だけであって、それらがクリアーされたとしても、他の部分は生き残っている可能性があり、ことに内的な意識の残存については確かめようがない。少なくとも、これに、細胞の壊死を必然的にもたらす脳血流の停止を確かめるテストと、聴性脳幹反応テストのように、感覚神経系の中枢の生死を確かめるテストを加える必要がある。さらに今日では、視床下部が生命活動の中心的な座であることがわかってきているが、竹内基準およびその支持者たちは、この視床下部の生き残りをも確かめるべきだとする考え(立花氏は、間接的に確かめる手段として、視床下部と自律神経との連絡路の切断を確認できるアトロピンテストを提唱している)、にはまったく無関心を決め込んでいる。臓器移植推進派は、これまでの臨床経験のみに依拠して、竹内基準に乗っ取った判定法で充分としているが、これまでの事例のなかにも、果たして本当に脳死であったかどうか疑わしい例が現にいくつも存在する。人の生死を扱う医療においては、「すでに死んでいる」ものを「まだ死んでいない」と判断する誤りは許されるが、「まだ死んでいない」ものを「すでに死んでいる」ものとして扱う誤りは絶対に許されるべきではない。
以上が、彼の脳死論の概要である。その主張は、
という三点にまとめられよう。
さて、これに対する私の感想を述べる。
まず、厳密に「器質死」として判定された脳死こそ、生理学的な生命個体としての死であるという彼の議論には、原則として異論がない。今後、検査技術も精密化し、蘇生医療もより進歩する可能性があるから、それを受けて脳死判定の基準をさらに厳しいものに改めていくべきであるというのも、おおむね肯定できる考えである。
ただし一連の脳死論議では、立花氏の主張するような徹底的な「器質死」の確認まで待つことにすると、実際上は心停止とほぼ重なることになり(場合によっては心停止よりも後になることになり)、臓器移植のための心臓摘出そのものに意味がなくなるのではないかという点については、私の見る限り、一度もきちんと議論された形跡がないようである。この点は、私自身が脳死論議を瞥見しながら、いつも素人として疑問に思っていた点であった。
ともあれ、医学的にみられた「脳死」とはなにかを机上で厳密に定義づけるという観点からは、立花氏の「脳死=器質死」論は、原則的に正しいものであったと評価できる。だがそれは、「人間の死」を総体として論ずる論としては、明らかにある偏りを示していると思う。
立花氏は、要するに、徹底した自然科学的な世界観の持ち主なのである。彼の脳死論の関心は、生理学的に正確な知識と精密な医療技術によって、「脳死」判定の厳格さをいかに確保するかという一点に集中している。人間の生命や死に関するそのほかのことはほとんど論じられてないといっても過言ではない。
もっとも、『脳死臨調批判』の第一章では、日本ではなぜ欧米に比べて臓器移植がなかなか受け入れられないのかという問題が扱われてはいる。だがそれは、遺体に特別の思いを込める日本人の文化伝統と、霊肉二元論の立場に立ち霊と分離された肉体はただのモノであると捉えるキリスト教文化圏との違いという、よく言われる文明比較論を紹介した域を出ず、それに対する彼自身の価値観、つまりその違いをどう評価するのかについてはまったく言及されていない。そして、ここは、「脳死三部作」のなかで、唯一異質な感じを与える部分となっている(実は、後に明らかにするように、彼は、後者の素朴な信奉者である)。
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なぜ立花氏は、これほどまでに「脳死」判定の厳密性にこだわったのか。こう問いかけてみることによって、彼の異様なまでの個体中心主義的な生命観が見えてくる。しかもこの場合、その「個体」とは、あくまで自然科学的に対象化できる一個の生物として、閉じられた系を持つ個体である。立花氏、少なくとも脳死論を書いていた立花氏のなかには、人間の死というものがはらむ実存的、関係的、社会的な意味といった観点は、ほとんど存在しないのである。「脳死」判定の科学的な厳密さを問うことに対するこの信じがたいほどのエネルギー注入のすさまじさは、かえって、人間の死の持つ実存的、関係的、社会的な意味への視点を隠蔽してしまう。先にも述べたように、人間存在に対する彼のこの認識態度は見事に一貫していて、そこにこそ、彼の言説の限界性があるのだ。
このようにみれば、彼が、九九年にドナー登録することによって自ら臓器提供の意思を表明したことも、十分納得できることである。彼は、「ぼくはなぜ」のなかで、次のように書いている。
脳死は人の死ではないとする議論もいろいろあって、ひとくくりにするわけにはいかない。ここでその問題に深入りする余裕はないので、一言で私の見解を述べておくと、「脳死は人の死ではない」論の多くは、死の本質と死に付随して起こるアクシデンタルなできごと(状況)の混同の上に立論されているように思われる。(中略)
たとえば、人のアイデンティティは脳だけにあるのではなく、肉体にもあるのだから、脳が機能しなくなっても、肉体が残っているかぎり、その人が死んだとはいえないとか、人は人の心の中に残っているかぎり死んだとはいえないといった議論である。
このような議論は、アイデンティティとは、本質的に本人にとっての自己同一性の問題であるという正しい視点に立てば、ただのナンセンスとしかいいようがない。
この論述から、彼が人の死を「生物学的な個体生命としての死」に限定して考えていることが明瞭にわかる。アイデンティティが本質的に本人にとっての自己同一性の問題であるとは、ただの同義反復にすぎないが、彼が言いたいのは、生死の問題は、その人自身の生死の問題でしかなく、「他者の心の中にある私という存在は、私にとってはヴァーチャルな存在でしかない」(同前)ということである。
こういう世界観があり得ることは知っている。また宗教的な共同性が成り立ちにくい現代の文明社会において、この種のドライな捉え方が、相当の感覚的な支持を得るであろうこともよくわかる。私自身も、自分の生死について考えるとき、この種の個人主義的な自己了解が嫌いではない。私は自分自身の死後の処理のことなどどうでもいいと思っている人間で、あとに生き残った人々の思いのままにしてくれればよいと考えている。適当な宗派を選んで坊さんを呼び、手厚く葬ってもらうのもよし、ハゲタカに食われるままにするもよし、解剖して医学に役立てるもよし。要するに弔いの行為とは、私という個人の死に対する遺族や知人のその時々の思いをいかに鎮め、自分たちに納得をもたらすかという目的を満たすために行われることなのだから、生き残った人たちの勝手次第というほかはないのである。それで逆に思うのだが、最近、自分の死後の処理のされ方にこだわって、墓を作らずに海に灰をまいてほしいなどという人がかなり出てきたけれど、これは、「葬儀の手順はこうして、これこれの墓に葬ってくれ」といった旧来型の遺言を残す以上に遺族を拘束することであり、個人的にはむしろ違和感を覚えるくらいである。
しかし、だからといって、立花氏のいうように、「『脳死は人の死ではない』論の多くは、死の本質と死に付随して起こるアクシデンタルなできごと(状況)の混同の上に立論されている」「他者の心の中にある私という存在は、私にとってはヴァーチャルな存在でしかない」と断定できるであろうか。このあたりに、彼の人間観の、没哲学的、科学主義的な性格が濃厚に出ているように思える。
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私は、立花氏と違って、「脳死の概念は、それが正しく把握される限り、生物学的な個体生命の死を意味すると見なしてよいが、その生物学的な個体生命の死は、必ずしも人間という特殊な生物の死の概念を満たしていない」という立場をとる。立花氏は、人間にとって個体死という現象が、文化共同体的な存在としてのすべての人間の基本的な心性をいかに深く規定しているかという事実を見くびっているのである。
なるほど、私たち動物個体は、身体として物理的にはばらばらに切り離されて存在するしかない。人は生まれてくるときも死ぬときも一人であり、この時間的空間的な隔絶の状態を、だれ一人として現実的に乗り越えることはできない(たとえば、どんな深い愛による一体感も、身体や感覚や意識の完全な合一性を実現することはできない)。このことはだれも否定し得ない事実である。だが、それではどうして、その事実を人間は、他の動物のように、そうあるがままとして受け入れようとしないのだろうか。なぜ死者とかつて生を共にした人は、その他者の死を「弔い」という行為や「追悼」という情緒表現によって繰り返し再認識しなければ、気がおさまらないのであろうか。
それは別に、高級な倫理的動機を人間が原初的に内在させているからではない。倫理というものはいつもあとからやってくる二次的な心的条件である。私の考えでは、人間(少なくとも、葬儀の跡を残していたといわれるネアンデルタール人以後の人間)は、個体が互いにばらばらであるという自然の事実を、他の動物に比べて格段に強く(主としてネガティヴな意味で)意識する特性を与えられた生物なのである。同じことを逆の方向から言うなら、この意識が強いために、それを克服しようとする志向を本来的に持ち、同類の他者の生死をいつもわがことに重ね合わせて感じたり考えたりする際だった特性を与えられているのだ。そしてこの特性は、情緒の豊かさという側面においてもっとも顕著にあらわれる。
死も含めた身近な他者の振るまいは、なぜか「私」に強い影響を与え、時にはそれが「私」自身の存立をも脅かす。というよりも、そもそも「私」のアイデンティティとは、立花氏の考えるように、生物学的な個体の独立性に依拠した独我論によって成り立つものではなく、「私」をめぐるエロス的な関係(互いが互いのありようを気遣う関係)の濃淡によって、具体的にかつ決定的に規定されるものなのである。「私」とは、それだけとして抽出すれば、その内部のどこにも自発的なアイデンティティを見いだすことのできない、一個の空虚な容器のようなものにすぎない。
だからこそ、人々はこれまで、他者の死としてしか認知できないはずの「死」を、おのれの身体と情緒と理性の総力をあげて、自分自身にとっての最重要な問題の一つとして引き寄せ、自己意識のまな板に絶えずのせてきたのである。「人間の死」とは、単なる個体生命の死ではなく、むしろ立花氏が「混同している」と言うところの、「死に付随して起こるアクシデンタルなできごと(状況)」そのものである。それは、その人をめぐる共同関係の解体と変容が生者に及ぼす波紋の全体である。脳死問題が直接関係のない一般者の間にまでこれほど論議を呼んできたという事実そのものが、そのことを証明している。
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それでは、もともとそのような共同関係的な意味性をはらんだ「人間の死」の瞬間は、どこに見定められるべきだろうか。私の考えからは、次のようになる。
人間の死の瞬間とは、可能なかぎり厳密な医学的判断に基づいて生理学的な死が確認されたことを前提として、当人の家族またはそれに準ずる近しい間柄にある人々が、その事実を承認する態度を示した時点をもって原則とすべきである。それは、別に葬儀が終わった瞬間とか、死亡届を出した瞬間とかを必要条件としなくてもよい。医学的な「臨終」を告げられた周囲の近しい人々が、「わかりました」と言って首をうなだれるとか、思わず泣き崩れるとかいった態度表明で充分なのである。
これは、たいへん曖昧で議論の余地の大きい定義のように思われるかもしれないが、けっしてそんなことはない。人間は本質的に社会的、関係的存在であり、その死とは、彼自身を形作ってきた人間関係の解体と変容を意味するから、最も近しい人間の承認なくして「人間死」の概念は構成し得ないのである。だからこそ、日本の臓器移植法でも、臓器摘出の条件として、本人の生存中の書面による提供意思の表明のほかに、「告知を受けた遺族が摘出を拒まない場合」という条文をつけ加えているし、また脳死の判定の条件として、「告知を受けた家族が判定を拒まないとき」といった条文をつけ加えているのである(第六条一項、二項)。この厳しい条件づけは、たいへん理にかなった措置であると思う。
ちなみに立花氏は、「ぼくはなぜ」のなかでこの点に触れて、「日本のルールでは本人の意思表示があっても、家族の同意がなければ、本人の意思に沿った決定がなされないことになっているのだが、この点はどう考えてもおかしい。日本のルールに遅れた部分があるとすれば、むしろここである。」と表明し、はしなくもそのハイパー個人主義ぶりを露呈している。おかしいのは明らかに立花氏のほうで、いわゆる「脳死体」の臓器移植への日本的抵抗は、「人間死」というものが、生き残った者たちに残す重い心情的な意味をも包括する、すぐれて文化的な概念である事実、むしろそこにこそ人間死の本質が込められている事実を無意識に表現している。それは、日本の大衆の賢い知恵の産物なのである。また私の観点に対して、それなら周囲の人間が「彼はいつまでも私たちの心の中に生きている」と感じていたらどうなのだとか、いつかの高橋某教祖にまつわるミイラ事件の家族のように、本気で生きていると信じていたらどうなのだとかいった反論が出されるかもしれない。だが前者の場合は、事実を承認していないのではなく、いわば、事実の承認のあとに、鎮めがたい感情の観念的な補償を行っているにすぎない。また後者の場合は、現代日本人の社会常識をはなはだしく逸脱した、特異あるいは病的な例と見なすべきである。概念の構成は、あくまで原則の表現であるから、極端な特異例をその反論の材料にすべきではない。
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立花氏に話を戻そう。
彼は近年、いわゆる「ティッシュー・エンジニアリング」(人間の遺体を解体してあらゆる組織断片に分割し、失われた人体の一部に再利用する医療技術や、皮膚や臓器を患者自身の組織断片から再生復元する医療技術)に強い関心を示し、アメリカやロシアの「人体工場」を取材したり、日本の再生医学者へのインタビューを本にまとめたりしている(『人体再生』中央公論社)。これらにおける再生医療の最先端への手放しの礼賛ぶりをみると、やはりそうだったかという思いを禁じ得ない。
「脳死判定は機能死でなく器質死によって」という原則への異様なこだわりとその結果としての、「人間死=個体の生物学的な死」という視点への固執、移植医療が抱えるさまざまな困難への早々とした見切りと再生医療への乗り換え、そしてドナーカードへの無条件の署名、というように、医療問題への立花氏の関心の推移をみてくると、そこに浮かび上がるのは、実は、人間の実存をみる視線を欠落させた、素朴な科学少年の好奇心以外の何ものでもないことがよくわかる。おそらくこの評言を、立花氏自身も否定し切れないであろう。事実彼は、『立花隆のすべて』のなかで、「ぼくはもともと天体望遠鏡やラジオづくりに熱中した科学少年だった」と、図らずも種明かしをしている。
素朴な科学主義、客観主義は、哲学的、実存論的視線の軽視と裏腹である。だがなぜ科学主義であってはいけないのか。人間を論ずるのに、なぜ哲学的、実存論的視線が不可欠のものとして要請されてくるのか。簡単に言うなら、人間という存在は、現世における限られた、個々の関係から生ずる一見小さな心身のやりとりに終始しながら生を送る存在であり、それを通して味わう哀歓の相(煩悩と呼んでもよい)から、たやすく逃れることがけっしてできない存在だからである。そして「死すべき存在としての人間」という自覚的な認識は、人間が個々に取り結ぶ共同関係の解体の可能性として、物心ついたときから、その人自身の生のありようを深く規定づける条件となっている。だから人間死は、いつも実存的な生の内部から語られなくてはならない。
たとえば立花氏は、「ぼくはなぜ」のなかで、アメリカ赤十字のティッシュー・バンクがやっている、徹底的な遺体の組織断片への解体とその再処理を絶賛しながら、次のような、まったく素朴な「エコロジー」を展開している。
その遺体利用の徹底性は、驚くべきレベルに達しており、ちょうど、野生生物の世界で、肉食獣のおこぼれにあずかったスカベンジャーたちが、骨の髄までしゃぶりつくすのに似ている。
送られてくる注文書の向こう側には個々の移植医がいる。野生動物の世界ではハイエナやハゲタカがやっていることを、アメリカでは移植医が赤十字を経由してやっているわけだ。
それをみてこれこそ最も現代的な食物連鎖、生命連鎖の末端だと思ったのである。(中略)
人間の肉体が徹底的にバラされて再利用されていくさまは、決して現実のイメージとして美しいものではない。(中略)
しかし、そのような死が、大きく見ると、人間社会においても、全体としての生を支えている。野生動物の世界における生命連鎖の構造と同じものを、人間はテクノロジーによって人工的に作りあげてきたのである。
何が問題かといえば、人間の生死も「大きく見ると」自然の生命連鎖のなかに組み込まれているという巨視的な観点である。そして、この観点のみにしたがって、遺体利用技術を、自然の生命連鎖から逸脱してしまった人間の文明が、再びその「大いなる自然」に自らを人工的に返そうとしている試みと見なして、手放しで評価している点である。ここに立花氏の素朴な「西欧的自然観」信仰がよくあらわれている。彼はここでは、遺体利用技術を支える思想が、実はキリスト教的な神信仰の連続線上にあることを放念してしまっているのだ。
遺骨をばらばらにして集積し、イエスを中心とした図像を組み立てて見せたローマの骸骨寺を訪れたことのある人なら、キリスト教文化圏においては、人間の肉体が、神の秩序という巨視的な観点のもとに再組織化されるべきだという考えが、いかに古くからある強固なものかを痛感するであろう。遺体を利用した人体再生技術を支える思想も、まったくこの延長上にある。彼がこれこそ現代的として感銘を受けている「自然の生命連鎖」というときの「自然」も、もともとは、人間の個々の実存を超越したキリスト教的な「神」観念によって対象化された「自然」にすぎない。
キリスト教的な自然観は、ヨーロッパ中世の「神」の秩序観念の衰微に成り代わって、自然科学的世界像を生み出し、西欧近代の繁栄を生み出す要因の一つとなった。そのかぎりで、これが強大な影響力を持ってきたことは否定すべくもないが、同時に、私たちは、この巨視的、客観的な世界像が、実は、それぞれの人間が一回限りのこの現世そのものを主体的に引き受け、いかなる飛躍した超越的な観念にも託さずに、それ自身において肯定して生きるという実存的な態度を否定する危険をはらんでいることも見ておかなくてはならない。
自分は死んでもその肉体は巨大な生命連鎖の一部として循環のプロセスに組み込まれる、といった「物語」は、人間は遺伝子の乗り物にすぎないといった考えと同じように、一見現代的な意匠をまとってはいるが、現世否定の宗教思想と構造的には変わらないのであって、その意味で、科学的知識に素材を借りた単なる「信仰」に他ならない。私たちは、時代のイデオロギーからまったく自由に生きることはできないが、その支配的なパラダイムに対する懐疑と批判の精神だけは失ってはならないのである。