一般に人は死の問題を考えるとき、「人間はみな一人で生まれ一人で死んでゆく。なんぴとも他人の死を自ら死ぬことはできないから、それは主観にとって不可知な出来事である」といった捉え方をするのが普通である。つまり、死を他者と取り替え不可能な経験として、あるいは主体にとって経験不可能な現象として、捉えようとする。
しかし、私たちが意識している「死」とは、本当にそういうものであろうか。私たちは死についてある確実なことを知っているのではないか。そして、もしそうだとすれば、私たちはどんな意識上の経験からその確実なことを知るに至ったのであろうか。さらに、誰もがそのように「死について確実なことを知っている」という事実は、人間の生がそもそもどういう特質を持ったものであることを示唆しているであろうか。
以上が、本稿で追究してみたい第一の問題である。あらかじめこの問題への私なりの回答を述べておくと、人がみな死が何であるかについてある確信を抱いているという事実は、人間が本来的に共同存在であることを指し示しているのである。私たちは死を固有体験として持つのではなく、むしろ「共有体験として死を生きる」のである。
もう一つの問題。わたしたちはふつう死を主題に乗せるときに、死が具体的にその人の切実な問題として日程に上ってきた局面や、不安や恐怖のような形で像として予知的に迫ってきた局面において語ろうとするのが常である。だが私の考えでは、死というものはそのような差し迫った局面においてのみ私たちの生を規定づけているのではなく、むしろ私たちが普通に、元気に、活発に何かの活動を営んだり、ある情緒的な関心を抱いて日々の時間を過ごしている、その過ごし方そのものを構造的、積極的に規定しているのである(死の根源的規定性)。
この考え方は、言うまでもなくハイデガーの思想に基づくものだが、後に述べるように、私自身はハイデガーの考え方にも不十分なものを感じており、この点はさらに徹底的に考えを詰めるべきだと思っている。私たちが普通に生きることにとって、死の意識をあらかじめ持っていることがどれほど重要な条件となっているか、そのことを具体的な仕方でうまく説いてみせられるかどうかが、本稿での第二の問題である。
これまでもこの二つの着想をいくつかの場所で語ってきたが(『方法としての子ども』ちくま学芸文庫、『癒しとしての死の哲学』王国社、『死の哲学』世織書房近刊など)、私がこれらの着想に固執するのは、人間が、現にこの世にともに出会いつつ生きてあること自体を、神、永遠性、来世、前世などといったどんな超越的な原理にもよらずに、しかも死というテーマを直視しつつ、そのままで肯定したいからである。
人類の歴史の中で、長い間観念の秩序を司ってきたのは宗教である。宗教は、人間が抱く死の不条理さの意識(悲しみ、不安や恐怖、割り切れなさといったもの)に対して、神や永遠、来世や前世といった観念を与えることで対処してきた。だが近代の自然科学的な思考法の支配とともに、この救済と慰安の秩序は根底から揺らいでしまった。そのことを端的に告げたのが、ニーチェの「神は死んだ」という象徴的な言葉であった。もちろんこれからも宗教は生き延びるだろうし、それが多くの人の心のよりどころとなり続けることも疑いない。だが大筋において宗教が大多数の人々の精神を隅々まで支配する時代は終わったと見てよい。
しかし自然科学的なものの見方の普遍化や宗教の力の弱体化が、人々を死の不条理さの意識から安全な場所に連れ出してくれたわけではない。死にまつわる悲しみ、不安、恐怖、割り切れなさはこれからも人々を強く拘束するだろうし、またどの時代にあっても人は、自分の限定された生を意味づける何らかの物語がなくては生きていけないだろう。死は論理上は、あくまで生の否定であるから、この否定性に対処するための物語を新たにどう編み上げたらよいのかということは、宗教的な物語に全幅の信頼を置けなくなった近代以降の人々にとって大きな哲学的課題である。
私は、いわば死の否定性を逆手に取って、それを人間意識の必要条件と見なすなら、この問題を切り抜けられるのではないかと考えた。つまり、もし私たちの生の構造を、その意欲、その感情、その方法のあらゆる面にわたって、「死の自覚を持っている存在としての人間」という人間特性から解明できるなら、「死」を「生」の条件として論理化することができるはずである。そしてそれができるならば、死の否定性は生の肯定の物語に転化するはずである。それが、ここでの見通しであるが、もちろんこれは最終的な見通しであって、本稿においてその試みがすべて果たされているわけではない。いくつかの重要なアウトラインを示せれば、もって瞑すべしと思っている。
人間は一般に、自分の生に対して、次のような二重の態度をとっている。
一方では、たえず自分の生全体の意味や目的に対する疑いの意識を抱えていて、果たして自分は何のために生きているのだろうとか、どうせ死んでしまうのであれば、この世で何かをなしたとしても所詮はかないのではないかとか、この広大な宇宙に比べれば自分の存在など一片のちりにも及ばないといった自問や慨嘆を潜在的に繰り返している。だが他方では、そういう問いを四六時中自分に突きつけているわけではなく、自分がいま具体的にはめ込まれている関係や状況の中で必要と感じられる諸事に意識を指し向け、それらの諸事が構成する物語の中に身を投じ、そこで日常的に心身を使い、時にはあることに盲目的に情熱を注いだりしている。この二重性のそれぞれの側面は、必ずしも明確に時間によって区切られて順次交代で顔を出すというのではなく、むしろまさに常に二重性として生きられているのだ。
たとえば私たちは、生きることのはかなさを感じ、人生の虚無に深く思いをいたしているさなかにおいてさえ、日常の雑事に対する配慮を忘れているわけではない。絶望感に浸りながら、人は身繕いを怠らず、不安にさいなまれながらも洗わなくてはならない食器に思わず手を伸ばす。悲しみに打ちひしがれているときにも宅配便が届けばサインをして荷ほどきにかかるし、誰かから電話がかかってくれば、たったいまの「胸の苦しみ」をとりあえず棚上げにして、相手に精一杯社交的に振る舞おうとするだろう。この世には生きるに値する何ものもないなどという思想を抱きながら、貯金の残額を気にしたり支給される年金額の少なさに腹を立てたりするかと思えば、周囲の人々のつまらぬ言葉で元気づけられたり本気で傷ついたりする。別にいま死んでしまっても後悔しないなどと感じながら、事故を起こさないように運転に細心の注意を払ったり、常用している薬をちゃんと飲んだかどうかを気にしたりする。生きる本能がいくらかでも残されている限り、心身はそれにしたがってこのように勝手に動いてしまうのである。
もっと滑稽なことには、人は時には、「人生はむなしくはかない」という虚無的な思想やペシミスティックな文学を他者に向かって一生懸命表現する情熱を示すことがある。これこそは人間が生に対する懐疑感情と生への本能的執着との二重性の矛盾をもっとも端的に示す例である。なぜならばこの試みにおいて人は、何をしても意味のないむなしくはかないはずのその人生の内部に、思想や文学の営みという他者への働きかけの情熱を旺盛に注ぐことによって、その行為から何らかの生の意味や価値を感じ取ろうとするという背理を平気で演じていることになるからである。
しかしこうした二重性が観察できるからといって、思想などと気取ってみても所詮はそんなものだと笑って済ませればいいというものではないし、また、二重性の矛盾を捨て去ってどちらかに徹するべきだというのでもない。ただこうした二重の意識の構造から人間は逃れることができない事実を自覚することが大事なのだ。人生全体にあるたしかな意味や目的を確定できなくとも、人は生きる本能と意志と情熱によってともかくも生きざるを得ないのである。
実際、人生全体に一般的な意味や目的を見いだそうとしても、それは論理的には不可能なことである。というのも、「意味」とか「目的」とかの観念を私たち人間がなぜ手にしているのかを考えてみよう。それらは、もともとはそのつどの形而下的な生の欲求に見合って作られたものだ。目の前にあるリンゴを食べたいと思うとき、リンゴという対象は私たちにとって意味のある目的物として捉えられる。そしてまた私たちは、そのリンゴを獲得するあれこれの有効な手段を、リンゴを食べるという目的を満たすために意味のあることと実感できるようになる。私たちはおよそこのようにして、ある行為がいかなる意味や目的にかなったものであるかを次々に考えるような思考の習慣に慣らされてきた。そしてそういう無数の行為に対して、そこに共通した意味や目的の張り付け行為を行うことを積み重ねた結果、やがて今度は、「意味」とか「目的」とかいった観念それ自体を、自立した意味を持つものとして捉えるようになったのである。
「意味」や「目的」の観念は、必ずそれが指し示すある行為や決断の外側に立ち、ある行為や決断の終局点をあらかじめ見定めて、その終局点の方から、当の行為や決断を意欲づける働きとして作られている。たとえばマラソンにおいて走り続ける行為の「意味」や「目的」は、優勝の栄誉を手にすることによって、自分の精神的な持久力や運動能力の卓越性を自他に対して認めさせることである。また、思いを寄せる人に勇を鼓して電話をかける「意味」や「目的」は、その人との交際の機会を作ることによって、充実したエロスの関係を築くことである----等々。
ところで、このような起源と本質を持った「意味」や「目的」の観念を、「人生全体」に丸ごと適用しようとするとどうなるだろうか。それは論理上、生の外側に立ち、生の終局点から人生全体を意味づけることになり、結局、生の彼岸、すなわち死後にこそその意味と目的があるということにならざるを得ない。これは、そもそも「私たちは何のために生きるのか」という問いの本来の動機に見合わないことである。なぜなら私たちは、与えられた人生を、その内部の各場面において何とかして充実させたいという動機に促されて、この問いを発したのだからである。
ところで、実存の彼岸に生の意味や目的を設定するというこの論理上の背理を、実は宗教が長い間行ってきたのであった。宗教は、限界づけられた人間の実存を越えた地点に生の意味や目的を設定した。仏教の浄土信仰における現世否定と来世の救い、キリスト教における神の審判と永遠の生命、カルヴァン派における予定説など、それぞれニュアンスの違いはあるものの、みな同工異曲である。それらは現世の営みの善悪、美醜、真偽の意味づけを、現世を超越した彼岸に求めたのである。(ちなみに、プラトンのイデア主義も、感覚的実感と物質を越えたところに真実在を求め、生誕以前や死後の世界にこそ哲学者のふるさとを見いだそうとする点で、これらの宗教的発想と共通している。)
だが繰り返すが、私たちは、もはやこのような宗教的な理路に安易にすがりつくことはできない。死によって限界づけられた私たちの生は、そこにおける行為や意志や感情や決断の意味を、生が限界づけられてあることそのものから得てくるのでなくてはならない。 ところで、これらの宗教的発想について考えるとき、しばしば見逃されるが注目しておかなくてはならない重要な点が一つある。それは、これらの発想のどれにおいても、やはり人間の実存にとって死とは何であるか、人々が死をどのようなものとして感受し意識しているかということがすでに暗黙のうちに繰り込まれているという点である。肉体の死に明確に対立するものとしての魂の永遠を説くこと、超越的な神の裁きや救いによって現世の取り返しのつかなさを補償しようとすること、これらはすべて、そもそも死という経験が、この現世における意識や感覚の交流の後戻りの効かない終わりであるという確実な認知を前提として初めて成り立つ。そうでなければ、どうして人はわざわざ永遠の魂とか、あの世における救いとか、神は自らのもとにあなたが召されることを祝福したもうなどと、ことさらに大きな感動を込めて慰撫と救済の教理を説き続けたのであろうか。つまり人々は昔から、死というものが何であるかについて共通の潜在認識を持っていたのである。
私たちは、この死についてだれもが抱えてきた潜在的な共通認識を厳な事実として引き受けなくてはならない。私たちは、いかなる契機によってか、「死」とは何であるかをじつは知っているのである。
人間の実存がいかに根源的に死によって規定されているかを力説したのは、ハイデガーであった。彼は、おおよそ次のような手順で、「現存在」(=人間)が「死」をその実存の条件として備えている存在論的事実を解明して見せた。
まず現存在は、不断に自己自身を関心の的とする存在である。そして同時に自己自身に「先立ってある存在」でもある。この「先立ってある存在」ということは、現存在の自分への関心のありようをあらわしている。つまり人間はいつもまだ見ぬ未来に自分を投げ入れ、その未来の姿から自分の現在を構成するという形で自分への関心を満たそうとする。ところで自分が自分に「先立ってある」とは、自分の可能的にあり得る姿(存在可能)をたえず自分の現在の構造契機に繰り入れておくということであるから、当然、その可能性の極限としての「終末」をも視野に入れているということになる。この終末は、一人の人間にとって、際だって固有で他者と没交渉な、そして自ら追い越すことのできない「可能性」、言い換えると、「現存在の端的な不可能性という可能性」である。(可能性という言葉はハイデガーの場合、ふつう私たちが用いるような、実現するかしないかわからないが目指すべき希望に満ちた状態といったニュアンスではなく、ニュートラルに「実存者にとって未来的であるそのこと自体」といったニュアンスで使われている。したがって、死を迎えることそのものも、必ずやってくるべき極限的な可能性なのである。)
一方でハイデガーはまた、不安という特有の情態に着目する。不安は他の感情と違って、対象の確定しない特別の情態であり、それは現存在が死をその実存の条件としていることからくるという。ふだん人は、日常のつきあいや雑事や好奇心や曖昧さに取り紛れることでこの不安から目を背けている。彼はこの状態を「頽落」と呼ぶ。「頽落」は人がだれでも普通はそうなる「世人」の状態であり、それは死に直面することからの逃避であり自己隠蔽であるが、それは現存在にとって「非本来的な」状態である。しかしひとたび現存在が不安から逃避せずに死を直視して自分自身をそこに向かって開くならば、そこに彼は本来的でもあれば非本来的でもあり得るような人間の自由なあり方を見いだすはずである。本来的な状態に帰ったとき、人はそこに「良心の呼び声」を聞く、というのである。 さて問題は、死の意識、死への向き合いかたに対するハイデガーの「本来性」「非本来性」という区別立てである。これはハイデガー自身はそうとられることを否定しているが、どう考えても、一種の倫理的な審級付けになっている。彼は「頽落」して非本来的な状態に落ち込んでいるよりも、死に直面しその不安と向き合う本来的な状態にある方が、人間としてより高級なあり方なのだと考えているふしがある。そのような立場をとることはその人の一つの思想的信念であるから、仕方のないことであるが、問題は、このように、死にたいする態度の違いに倫理的な序列の感覚を持ち込むと、普通の人々は「頽落」の状態においては死を隠蔽し、ごまかしながら生きており、そうした隠蔽やごまかしを取り払った状態の方が一段上の真実の状態ということになってしまう点である。そうすると結局、彼が強調したはずの、人間はどこまでも死によって規定された存在であるというその優れた指摘が十分に生かされないことになる。死を隠蔽し不断にそれに対して無関心を配慮しているだけの「世人」の状況においては、人は死そのものの規定を本当には生きていないということになるからである。だがそんなことはあり得ないのだ。
私の考えでは、人間は、ハイデガーのいわゆる「頽落」の状況においてさえも、自分が死すべき存在であるという逃れられない事実を基盤として、そのことを踏まえつつ、意志し感情を働かせ、決断し、行動しているのである。死の意識、つまり自分自身の有限性の自覚(やがて死ぬことを知っていること)は、人間が有意味な活動や営みをするときに、たとえそのつどは無意識的にではあっても、それらを支える積極的な条件となっているのだ。
ハイデガーが、人間は死すべき存在としての自分を、まさにそういう存在として常に気にかけている存在であるとしたことは原理的に正しい。その根源性から人間は逃れることができないから、私たちは、その根源性に基づきつつ、どうにかしてこの生を意味あるもの、価値あるものと感じられるような論理を編み出す必要がある。残念ながらハイデガーは、「本来性」という特別の地位を担保することによって、普通の当たり前の生のさなかに、死の自覚、死の意識によってこそ生の内在的な意味が支えられるはずであるという論理の可能性を探求する試みを回避したのである。これは宗教が生の彼岸にその意味を求めることと、その論理構造において変わらない。つまりハイデガーは、キリスト教と同じように抹香臭いのだ。
おおかたの宗教は、来世信仰によって生の物語化を試みてきたのだが、それが多くの場合、弱者のルサンチマンを基盤とした現世否定の感情を集約したものであり、結局、この生に対するニヒリズムに回帰してしまうことは、ニーチェによってすでに見抜かれている。生を意味あるものと感じるためには、あくまで、この現世における私たちの営みがそのままでーー死を自覚する存在としての人間という規定を丸ごと引き受けつつーー意味づけられるのでなくてはならない。
死の自覚がどのように私たちの具体的なありようの条件付けとなっているかを例証する前に、私たちがことさら死を意識にのぼらせるときに、どんな情緒的反応を示すかについて注意を促しておきたい。
多くの経験に基づく証言よれば、これには二つのパターンがあると考えられる。一つは、人がみないつかは死んでしまう運命にあるという事実がたとえようもなく悲しく感じられるというあり方である。この場合、死は、人間全体を襲う悲しい事実として感じられている。一人一人の命に限りがあるとか、みんなが別れ別れになってしまうということが理不尽に思われて仕方がないという感覚である。この感覚は、人間の自我が、一つ一つ孤立して存在しているように見えても、じつは共同性として振る舞う以外ないあり方をしていることの証拠となっている。身近な者の死や自分の死を想像して、その理不尽さを悲しみという情緒の形式で表現するのは、共同性のとぎれや共同性からの脱落が、自我の構成条件の決定的な喪失を意味するからである。
もう一つのケースは、自分がいなくなるとはどういうことかが理解できないと同時に、そのことがたまらなく怖いという感覚である。これは次のような事情によっている。意識が自分の非存在を「理解」することは原理的に不可能である。なぜなら、理解するとは、主観的な意識よってある問題対象を表象し把握することであるが、意識の持続のもとに意識の断絶という問題対象を把握することはできないからである。にもかかわらず、意識は、その自由な本性にしたがってそれを表象し把握しようとする。こうして、自分の死を表象し把握しようとする志向と、その不可能性との矛盾が、死への不安や恐怖を生む。
以上のように見てくると、次のことがいえる。つまり死についての意識は、共同存在としての自我のあり方の方からは、その共同性が時間の中でとぎれてしまう予感に対する情緒的なリアクション(=悲しみ)としてあらわれ、「私」という絶対的な主観性の枠組みの内部では、意識の途絶に対する理解の不可能性の感覚(=不安)としてあらわれる。
ところで、私の知る限りでは、哲学者たちはこれまで死を問題とするときに、後者の独我論的な主観性の枠組みにおいてばかり語ってきたように思う。独我論的哲学者は、死の不可知性、経験不可能性を強調する。なるほど死の不可知性、経験不可能性は、「知る」とか「経験する」とかいうことを、意識の理性的な把握作用と限定する限りは、原理的に正しい。だれも「死」あるいは「死後」を自ら意識経験として体験した者はいないのだし、経験できるのは外から見られた他者の死ばかりである。
だが、こういう理屈は、じつは意識や理性の限界なりに、ある事柄をぎりぎりの地点まで押さえていることを知や経験として認めようとしない、一種のスコラ的なリゴリズムというべきである。もし主観の経験不可能性がその対象について語ることを禁じ手にするなら、私たちは地質時代の恐竜の生きた姿について想像力を構成することもかなわない理屈になる。
私たちは、本当に自分の死について知らないだろうか。知るとか経験するとかいうことが、もともと意識の持続の内部においてしか成り立たない現象である以上、私たち人間は、死についても、それ以上は望めない形で、ある知や経験を確実に保有していると見なすべきではないか。なぜなら私たちは、現に死という言葉を持ち、それを主題として語り、それに関わるときにそれにふさわしい仕方で様々な行為や表現をなしているからである。
では、どうして私たちは、自分の死について、ある確実なイメージを持っているのだろうか。それは、他者の死の認知を通して以外にはあり得ない。だが他者が死において何を経験しているか、その内部をのぞき見ることはだれにもできない。それにも関わらず、私たちは、自分の同類に起きていること、すなわち肉体の解体とこの世からの意識の脱落が、やがて自分の身にもいつか必ず起きるだろうことを確信して疑わない。なぜそのような確信が成立するかという問いには、じつは明確に答えることができない。望みうる最良の答えは、人間というものはもともとそのように、他人のことをわがこととして感じ取る共感能力を与えられて存在しているのだということだけである。
他者の死を通じて自分のあるべき死の姿を認識することは、人間が、他者の実存を我が実存として共感的に生きる存在でしかあり得ないことを、もっとも極限的な地点において指し示す事実である。この共感存在、共同存在としてのありようを持たなければ、私たちは、そもそも死について思い悩んだり考えたり互いに語ったりする資格が得られないのだ。
たとえば私たちは、「死は、一人一人に全く孤独な形で訪れる」などと言表する。しかし言表とはそもそも、経験を他者と共有する可能性についての確認の問いかけでなくて何であろうか。この言表に聞き手の一人でも賛同するならば、それは「死が孤独なものである」という事実が共感を持って承認されたのであるし、またそういう事実が互いに異なる他者同士で共有されていることが確認されたのである。私たちはたしかに孤独な死を死ぬ(生きる)のだが、しかし孤独な死を死ぬ(生きる)ことそのものにおいて孤独ではないのだ。
最後に、死が私たちの生を本質的に規定している事実が、人間の共同的な生の営みの具体的な局面にどのように入り込んでいるかについて、二つの問題に絞って例証しておこう。
人間が他の動物から際だっている点はいろいろあるが、そのなかに「何事かを企てる」ということと、「豊かな情緒世界を抱えている」ということとがある。これらはいずれも、他の動物が不完全にしか持っていない特性である。
人が未来の一定時点を目指して何事かを企てるとき、その意志や行為を成立させる基盤となっているのはどんな構造だろうか。なぜ人は、あることを企てることができるのだろうか。
この問いは、人間の意識の時間的な仕組みを問うことと等しい。人間は、自分の現在を互いに断絶した単なるいくつもの瞬間として生きているのではなく、フッサールが「過去把持」「未来把持」という概念で語ろうとしたように、またベルクソンが「過去と未来の相互浸透としての現在」という表現で語ろうとしたように、これまでの来歴とこれからの可能性とをたえず現在において出会わせながら生きている。私たちの意識はそのためにいつもある不安状態にさらされているが、その不安を一定の意志や決断の形に落ち着かせることができるのは、過去的な諸条件を統合して未来に広がったどこかの時点に集約させることができる限りにおいてである。この統合と集約が可能なために、私たちは、自分にとっての未来の時間がどこまで、どのような形で残されているのかを見通すことができなくてはならない。
たとえば私は、明日の何時までにこの仕事を仕上げようとか、来週の火曜日に誰かとどこかで待ち合わせようとか、来年の春には海外旅行をしようなどといった構想を立てることができるが、そういうことが可能なのは、私の未来が終末もなくただ永遠にのっぺらぼうに広がっているからではなく、かえって自分の一生のイメージを具体的に持っていればこそである。私がもしかならず永遠に生きるという認識を持っているとしたら、私はある構想が成就するための尺度を持ち得ないだろうし、そもそもある時期までにあることをするという動機や決意に対して何の意味も感じないに違いない。
つまり私たちは、自分の生涯が有限であり、現在から見通せるある射程を持ったものであるという確信のもとでのみ、様々な「企て」をなすことができるのだ。このように、私たちが自ら死すべき存在であることを知っていることは、生活行動の深いところで私たちの意志や決断の意義を支えているのである。
私たちはまた、動物には不完全にしか見られない、豊かな情緒世界を抱えている。このことの由来は何だろうか。
喜び、苦しみ、幸福感、平穏な気分、寂しさなど、情緒の世界は、さしあたり人間個体の内面に固有で、他者と直接には交換しにくい現象としてあらわれるために、一見単なる個体の心理現象として独自に扱うべきもののように思われる。しかし、心理学者はあまり注目してこなかったが、じつは、情緒とは、一般に、人間の心身が、ある共通の仕方でこの共同世界に開かれてある最も基本的なありようを指している。ある個体が情緒性を保有しているということは、単にその個体の、外界から自立した内閉的な状態を指すのではなく、彼が自分の同類に対して互いを同類として認め、相互に交流を可能にするような心身の構えを常に具備していること、個体がこの人間の共同世界のただなかに存在していること自体を生き生きと感じ取り、かつそれを他者に対していつでも表現しうる潜在的な能力を持っていることを意味しているのだ。
ところで、このことはどこからやってくるのだろうか。私の考えでは、これもまた、人間が個体としては死すべき存在であることを強く自覚するところに由来している。発達論的に見ると、生まれて間もない乳児は、母子未分化の自己中心的な欲望の世界に生きているが、やがて自分を常に慈しんでくれる母親を特別の存在として識別するようになる。しかしその母親も、いつも必ず自分の欲望を満たしてくれるわけではなく、母親には母親個人の世界があるということを納得するようになる。個体が別々の空間と時間を生きているということがしだいにわかってくるのだ。そのプロセスは同時に、人間が個別の身体にそれぞれ閉じこめられていながら、そのこと自体を強く問題視しつつ、他者と情緒を介してつながろうとする志向を強く持つ存在である事実を指し示す証拠ともなっている。私はそこに、人がそれぞれ個別に死すべき存在であることを知っていくこととのパラレルな関係を見いだすのである。幼児はおよそ三、四歳くらいから六歳くらいまでの間に、人間がいつかは死ぬものであるという自覚をはっきりと持つようになるが、このころから、子どもの情緒的な表現、つまり心的な世界は急速に豊かなものになっていく。身体的な接触の関係が、心的な接触の関係に徐々に置き換えられていくのである。
一般に、情緒を介して人が互いにつながり合おうとする心的・精神的な志向のうちには、人間が個体としては個別ばらばらに死んでいくほかない事実に対する補償の意味合いが繰り込まれている。人間は身体の絶対的な個別性を強く意識する存在としての特性を与えられているが、情緒とは、その個別性を超克しようと試みる人間精神の最も基礎的な営みである。悲しみや苦しみや怒りなどのネガティヴな感情さえも、それらが自己と他者に向かっての一定の表現であるという意味で、絶対的な個別性の超克の動機、すなわち他者との関係付けの動機を含んでいる。そして、それは、人間に特有の、死の自覚に支えられているのである。
以上のように、「死すべき存在としての人間」というハイデガーの規定は、彼が考えていた以上に、普通の人々の生そのものの積極的な条件となっている。私たちは、死の不安や恐怖にさいなまれる局面や、病み衰えて死が目前に迫った局面のみにおいて死の問題を捉えるべきではない。神や魂の永遠を信じられなくなった今日においても、死の自覚によってこそ生を豊かなものにするという物語は可能なのである。