過去を語ることは、人が思っている以上に難しい。過去に生きた自分は、現在の自分と同じであって同じではない。かつては子どもだったが今は大人である。子ども特有の感受性のあり方を喪失していないまでも、やはりそこに完全に戻ることはできない。また、今ではかつて自分が置かれていた環境世界の意味を外側から相対化できるが、そのように相対化すること自体が、当時の生きた実感を蘇らせることにとって妨げになるかもしれない。
以上は一般的にいえることだが、さらに昭和10(1935)年生まれのこの著者の試みの前には、近代日本人にとって最大の歴史的事件である大戦の前後をまたがなくてはならないという困難が横たわっている。幼少年時代とそれ以降とでは世の人々の価値観の180度の転換があった。戦後の日本人の多くは、戦中を生きた自分を「過てる過去」「だまされた時代」として、記憶を消そうとすることに熱心だった。しかし、あったことはだれにも消せないし、消してはならない。
過去を過去として蘇らせることはまた、安直な反省に走ることともちがう。幼少年期は好むと好まざるとにかかわらず時代の価値観を絶対的に呼吸してしまう。新しい思想風潮はかつてのイデオロギーを観念の上で否定したり反省したりできるかもしれないが、それをもろに生きてしまった一個の人間の意味までも否定することはできないはずだ。
この本の底にはそうした意味を掘り起こそうという執念が脈々と流れている。その執念を支えたのは、両親が古い林檎箱の中に保存しておいてくれた著者の小学校時代からの絵、作文、日記、戦争中の幼年雑誌、高校・大学時代の同人雑誌、戦争当時の新聞などの貴重な記録である。著者は、これをたよりに、当時の公式資料や外国の文献などにも渡りながら、驚くほど精細に記憶を呼び起こしてゆく。
著者が物心ついたとき、世は世界の覇者を相手取った戦争のさなかにあった。東京生まれの幹二少年の一家は、ほどなくして縁者を頼って水戸に疎開し、さらに空襲を避けて山村の農家に逃れる。困難な時代のなかで子どもたちを懸命に守り抜こうとする両親の姿、何度にもわたる転校を通して出会った級友や教師たちとの交流と葛藤のありさまなどが生き生きと描かれているが、その合間合間に、著者自身の人間観、歴史観がさりげなく織り込まれる。叙述は平坦といってもいいくらいで、また緊密な構成や意図的な方法があるわけでもない。しかし、思い出すことの不可能に耐えながら、過去と現在の深い断層を何度も行きつ戻りつするその静かな情熱と文学的かつリアルな眼を、私は美しいと思った。
たとえば、幼い心で特攻隊員になると決めた九歳の幹二少年を「御国に尽くすには科学者になることも大切である、だれもかれもが特攻隊員になる必要はない」と静かにたしなめた父の複雑な思いを後年推し量りながら、著者はそこに「平凡な一職業人」としての当時の日本人一般の心を感じとる。また、敗退局面で日本の民衆が「小さなものが大きな力を出す」ために貴金属の供出要求に応じた話の後、日本人だけが必ずしも暗愚な虚報を信じこまされていたわけではないと述べ、後知恵で判断することの軽薄さを指摘する。「始まる前には災いであるかどうかさえ分からないのだ。未来は善悪の判定を超えている。…人間は神ではない。人間はつねに過つ可能性のなかを迷いながら、選びながら生きている。それが人間の自由である」
実はこの静かな情熱と文学的かつリアルな眼こそ、著者の保守思想を本物にし、戦後民主主義に抗わせている強さの秘密である。この著者の政治的主張に相容れぬものを感じる人も、それが、それぞれの時代を精一杯に生きた人間の残したもの(=文化)への深い愛着に裏打ちされている事実の重さを否定することだけはできないだろう。