1972年に起きた連合赤軍事件を素材にした大作である。追いつめられた山岳アジトで「総括」の名のもとに次々とメンバーを処刑していったむごたらしい事件は、40代以上の多くの人にとって、簡単には抹消できない衝撃として今も記憶のなかにあるだろう。
作品は、すでに死刑が確定した幹部の一人が今からさらに30年生き延び、その間に死刑制度が廃止になって釈放され、老朽化したアパートの一室で死を待ちながら、55年前の悪夢を隣室の少年とそのガールフレンドに聞いてもらうという設定である。
力作ではあるが、率直にいって文学作品としてあまり感心できなかった。文体がぎこちなく、書割りが劇画調で安っぽい。少年たちは老人の話に釣り込まれ、その暗い興奮がきっかけとなってか、ゲームセンターで結ばれ、「革命戦死になれずに死んでいった、会ったこともない昔の人のために、泣いてやってもよい」とか「爺いから二人だけにこんな物語をされて、君と俺はこのままずっと離れられないかもしれない」などと思ったりもするのだが、その必然性がよく解(わか)らない。またこの記憶はどのような質のものとして新しい世代に受け継がれるのか、結末に期待したが、書かれていなかった。事実の部分は、資料を駆使して克明に追いかけられているのでそれなりに力量と迫力を感じるが、逆にその迫力にフィクションとしての力が負けているという印象が否めない。
何よりも問題なのは、30年後という飛躍的な設定のために、事件当時からの連続的な時代の変化を生きた別の同時代者たちの感覚を繰り込む過程を抜け落とすことが許されてしまっている点である。それは、歴史と経験の断絶を、ただ少年たちが老人の話を聞いたことによる「和解」というような言葉で安直に結びあわせてしまう著者の思想の甘さとしてもあらわれていると思う。この事件がどうすれば文学的に救われるのかは、依然として残された課題だ。