小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載紙:熊本日日新聞
(1998年5月24日付)

「危険な思想家」
呉智英 著
メディアワークス 刊
1300円

書評 「危険な思想家」 呉智英 著

  「社会主義大国」ソ連が崩壊してから、すでに七年がすぎようとしている。左右を対立軸としたイデオロギー闘争は終焉したかに見える。しかしかつての対立軸の存在は、双方にとっての「敵」の像がはっきり幻想されていたことを意味するから、闘う人たちは、それぞれの「大樹の陰」によりながら、安んじてそのパトスを「敵」にぶつけていればよかった。いわゆる「左翼・進歩派」知識人やマスメディアは、国家や社会秩序からの疎外(自由)の意識を取り集めて、それを「反体制」「反権力」という理念の衣装で包み込み、自分たちこそは正義だという自己満足に浸っていたのだ。しかし「大樹」がスカスカの「うどの大木」であったことが明らかとなったいまでは、政治変革のヴィジョンとしての思想に頼れない不安の総量を、差別の絶対否定を掲げる「人権主義」と「民主主義」という、統治理念不在の抽象的なよりどころに殺到させるほかはない。

  著者・呉智英は、この抽象的なよりどころが、じつは近代国家子飼いの観念であり、国家と表裏一体のものでしかありえず、そのことへの無自覚と自己瞞着が、イデオロギーとしての「人権主義」をはびこらせている事実を執拗にえぐり出している。「人権真理教」は史上最悪のイデオロギーであると著者は言い切る。その最悪たるゆえんは、自らがイデオロギーにすぎないことを疑う契機を持っていないことである、と。「差別のない明るい社会」なる平等理念がいかに全体主義的妄想に道を開くものであるかを説きながら、彼は「差別もある明るい社会」を提唱する。

  呉智英の人権主義批判の方法は、いわば「からめ手」である。オウム事件の時の人権派弁護士や知識人たちの混乱ぶりと宗教に対する無知、反差別運動者や差別語撤廃論者が自分たちの差別意識だけは免罪する恣意性と欺瞞性、倒錯した「自己否定」感情に独りよがりに酔いしれる一部言論人の病理、逸脱者に身を寄せてワルぶってみせることでじつは自分が最も「人権いい子」になっている知識人など、その攻撃対象にむけられる筆鋒は痛快無比というほかない。博学と雑学と時事情報力を縦横に駆使し、ポレミカルな憤りの情熱をユーモアとサーカズムの余裕で包んで軽快に繰り出してみせる物書き芸は、まさにこの人ならではのものだ。抱腹絶倒の場面に何度も出くわすこと請け合いである。

  それだけではない。私がこの本で最も感心したのは、「馬鹿」について論じた「聖なる白痴の零落」の章である。近代の平準化社会の登場以前には、「白痴」は秩序から外れた丘の上にいて、畏怖と蔑みの対象であり、そのことによって秩序を痛烈に「風刺する愚者」でありえた。近代の人権主義は「白痴」からその聖性を剥奪し、福祉の対象として丘の上から市民社会のなかに追放した・・・。この認識には、ともすれば忘れがちな視野の大きい文明論が息づいていると同時に、「封建主義者」呉智英の、近代に対する思想的懐疑の徹底性がよくあらわれている。そして著者のこれらの議論に、ある不動の力と優位を与えているのは、要するに「人性」というものに対する読みの深さである。「人権思想は、人権宣言や国連条約や日本国憲法に記されていたって、あくまでも人工的な制度である。人権思想によって人間の実情を描くことなどできるはずがないのだ」

  さて、だが・・・と、私は読後、あるため息のようなものを禁じ得ない。民主主義と人権のたてまえを神様からの「おふだ」のように振りかざす単純な連中がのさばるのを許しているのは、果たして複数の思想間の勝敗の問題なのだろうか?マルクスの「存在は意識を決定する」ではないが、その背景には、バカな考え方や甘い考え方を素通りさせてもそれほど生きることに困らないという「社会的必然」があるからではないか。呉智英がそうありたいと願っている「危険な思想家」は、今日ますます「無害な、無視される思想家」と堕す危険から免れがたいのかもしれない。