著者は全国にその名が知られた国際政治学者かつテレビタレント。痴呆が進む母親の介護をめぐる自身の姉弟関係の確執を通して、福祉施設の問題点や介護保険法の欠陥やこれからの老人介護のあり方を訴えるという趣向である。とにかく読み物としてめっぽう面白い、と評しては著者の著作動機に対して失礼かもしれないが、この本の魅力の大半が、長姉夫婦との文字通り泥まみれの闘いの記録の部分にかかっていることは誰も否定できないだろう。まさにサスペンスドラマ顔負けの迫力である。
一知識人が親への愛情の有無や金や世間体のからんだ身内の「醜い」争いをとことんさらけ出しながら社会問題を提起するという新しい方法に、著者は言論人としての生命を意識的に賭けたのだと思う。そしてこの賭けは八割がた成功している。というのは、彼のはまり込んだ抜き差しならない私的な状況の表出が、他人事ならぬ厄介な家族間葛藤の問題をいかに生きいきとあぶり出しているかという点だけは信じられるからである。
私が疑問を感じるとすれば、次の二つである。著者は、自己の正義感と経験と親孝行感情の絶対性に依りながら「在宅介護を中心として、社会制度がそれをできるだけ支援する」という一般的正論のレベルに橋をかけている。しかし長い家族生活が不可避的に作り出す親子の愛憎の複雑なアンビヴァランスを一方に思い描く時、「孝行感情」を絶対根拠とすることは、「孝行感情」にどうしても依れない必然をもつ人々にとって抑圧的に響く恐れがあるのではないか。また社会的強者である「舛添要一」は、この本からかぎとれるかぎり、その攻勢のリズムともいうべきものが一般の人に比べていささか激しく速くにすぎる印象がある。大衆は他者の腕っぷしの強さに必ずしもあこがれず、ときには反感だけをつのらせる存在でもある事実を肝に銘ずるべきではないか。「蛇のごとく慧かれ」