私の生家はかなりの貧乏所帯だったが、母が文学好きだったせいで小さな本箱に外国文学の文庫本を少しばかり並べていた。
「変身」について母は、一人の男がある朝突然毒虫に変わってしまう奇妙な小説だと説明した。私は本箱からとり出すことはせずに自分で買って読みたいと思った。小遣いで大人の本を買ったのは、たぶんこれがはじめてだった。高校生になったばかりのころだったと思う。
読後、やはり変な小説だと感じた。それはSF的奇想天外さとはまったくちがう。「面白い」という感想は少しも抱かず、どちらかといえば退屈で、これが世界文学の傑作の一つに数えられている理由もよくのみ込めなかった。年少の私にとっては、背伸びした読書だった。
だが何となくここには、鬼面人を驚かすたぐいの恐怖ではなく、こういうかたちでしか表現できない人生上の恐怖のようなものが描かれているという印象だけは残り、その後私は、カフカという作家を自分の読書経験のなかで大きな位置を占める一人に数えるようになる。
主人公のグレーゴルは、自分の身体が虫になった事実を十分把握していながら、最後まで普通の家庭人の意識を維持し続ける。化け物としての自分の姿に深刻に悩むといった様子すらうかがえない。
ところが、いちばん情が通っていたはずの妹に「これを兄さんなどと思わなければよい」と宣言された直後に、死を受け入れてゆく。彼の死後、残った家族は、あっさりと重苦しさから解放されピクニックに出かけてゆく。
これは「関係の相対性」がもつ恐ろしさを描いているのではないかと思い当たったのは、そう古いことではない。人間の関係は幻想の上に成り立つ。幻想は個体の心身に宿るから、相互の間の「ずれ」を避けることができない。堅固に定着していると信じれられている幻想とて例外ではない。
私は知的関心やペダントリーで舞い上がりがちな若者によりも、生活経験を経た中年以降の読者にこの小説の再読をおすすめしたいと思う。