小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載紙:北海道新聞
「批評指標」欄
(1997年7月4日付)

安易な被告の「病人化」疑問 金属バット殺人裁判

  家庭内暴力の息子を金属バットで殺害した父親の公判(6月2日)で、弁護側証人の精神科医が「被告は暴力によってPTSD(心的外傷後ストレス障害)にかかり善悪の判断能力はほとんどなかった」「危機状態の家族に行政が“ペルーの特殊部隊”のように介入して救うシステムが必要」と証言した。

  最近の裁判では、PTSDだの多重人格だの、どうして簡単に流行の医学専門用語をふりかざして、いかがわしい「科学的解釈物語」を作り上げようとするのか。この被告は自ら決意して「徹底した無抵抗主義を貫け」というカウンセラーの指示にしたがうことにしたのである。この指示は、親の態度の勧めとしては根本的に間違ったものだが、とにかくそこには一応の意思と方法論があった。その方法論の誤りの結果の殺人だったことは明瞭(りょう)である。

  この事件の重点は、父親自身もカウンセラーであったために、顧客の言い分をとことん聞くというカウンセリングの方法論を、親子関係にも直接スライドさせてしまったところにある。法廷で議論すべきは、このアドバイスや父親の主体的対応の適否であって、被告を安易に「病人」「社会の被害者」と仕立てあげることではない。「ペルーの特殊部隊」の主張にいたっては、冗談もほどほどにしてくれというほかない。無抵抗主義のカウンセリングという「特殊部隊」の介入が、父親を父親としてきちんと子どもの前に立たせることを突き崩してしまったのが、この事件の経緯ではないか。家族が危ういなら、まずは家族自身の修復力、治癒力をたてなおすほかないのである。