小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載紙:朝日新聞
(1997年6月1日付)

「地獄は一定すみかぞかし」
石和 鷹 著
新潮社 刊
1900円

書評「地獄は一定すみかぞかし」石和 鷹 著

  喉頭(こうとう)がんのため声を失いいくつもの病を抱えた「私」は絶望的な気分に落ち込むが、『歎異抄』の言葉を反すうするうち、明治から戦後にかけて親鸞の教えの伝道者として絶大なカリスマ性を示した暁烏敏(あけがらす・はや)の著作に出会う。地獄と往生とを「同時因果」とし「仏魔一如」を説くその徹底的な他力思想の魅力に「私」はのめり込むが、発声教室でめぐりあった老婦人「よね子」から暁烏の生き方のぎまん性をしつように指摘され、自分の傾倒の単純さを相対化させられてゆく。

  暁烏に対する「よね子」の嫌悪と疑惑の根拠は、女性問題、戦争協力思想、信者の土地寄進問題の三つに集約される。これらの具体的な現実への暁烏の対応に、「よね子」は「信実」という公的表現のかげに隠れた「人間・暁烏」のうさん臭さを容赦なくかぎあてる。ことに愛人・とよ子との関係を堂々と公表し、妻ととよ子へのどちらの愛も自分の本心として肯定してはばからない暁烏の態度への論難は鋭さをきわめる。とよ子は暁烏の信念の犠牲のように二十八年の哀切な人生を閉じるのだが、「よね子」は結局、暁烏のどこにいら立っているのだろうか。単なる男の偽善にではない。自分を意味づけてみせる思想の作用やその流布の営みが、身近な人間たちの幸福と背反してしまう不条理に対してである。思想としての「まこと」という尺度は、往々にして「幸、不幸」という尺度とすれ違ってしまうのだ。

  「私」は「よね子」に対して受動的態度に終始するが、「よね子」の言い分にそのままひれ伏したわけでもない。人間の矛盾解決の難しさをそのものとして突き出してみたところにこそこの作品の文学としての厚みがある。ただ、「よね子」は少しだけ声が出るのに「私」はついに一音も出すことができないという微妙な差異に、ある暗喩(あんゆ)を見る思いがした。ちなみに作者も今は永遠に「無声」の存在となり果てている。