小浜逸郎ライブラリ 小浜逸郎の過去の評論を掲載


掲載紙:朝日新聞
(1996年6月30日付)

「議論に絶対負けない法」
ゲーリー・スペンス 著
松尾翼 訳
三笠書房 刊
1800円

書評 「議論に絶対負けない法」ゲーリー・スペンス 著

  国際交流が盛んになるにつれて、日本人は議論が下手だということが多くの日本人にとって強迫観念のようになっている感がある。日本の教育が問題にされるときに、早くからディベートの訓練をさせるアメリカ式教育法がよくお手本にされるし、アメリカでは交通事故でも絶対に譲らずに自己主張を通そうとするなどということが、ときには見習うべき態度として言い伝えられることすらある。

  その議論のご本家アメリカの、しかも有名な訴訟で常に勝利してきた法廷弁護士の書いた議論必勝法とあれば、さてこそ舌を巻くような秘策が書かれているのではないかという期待感も高まる。しかし読んでみると、意外につつましいこと、まともすぎるほどまともなことしか書いてない。そしてそうであるからこそ、誰(だれ)もが納得せざるを得ないし、また安易な秘策などありえないのだということがよくわかる。

  敵前での恐怖は当然なのだから、それを無理に抑えなくてもよい。十分な準備は絶対に必要だが、いったん議論を始めたら、書かれたものにたよらず、自分の内部の力を信じてジャンプせよ。正直であることが結局は最大の武器だ。ストーリー仕立てがいちばん相手の心に届く。相手に決定と選択の力の余地を残しておけ。しかし防御よりも常に攻撃を心がけよ。論理よりも感情が人を動かす等々。

  しかもこの本は、だだの「ハウツー・アーギュー(議論する)」ではなく、豊富な具体例を通じて、人生のさまざまな局面に立ち向かうときの態度にまで拡張して応用できるようになっている。その点も魅力の秘密であろう。また、こういう本が受けるからにはアメリカ人も日本人も議論への苦手意識や人間関係の悩みにおいてはほとんど変わらないのだといことがわかるのも、一つの収穫である。ただし、素朴な正義感や企業への敵対意識をおくめんもなく出すところに、やはりアメリカ的な奥行きのなさが感じられて、少々気になった。