講義
引きこもりという生き方
(第4期講座)
受講生から寄せられた感想です
カウンセラーとして、ひきこもりの青年のクライアント2名を担当している。「対応」とその意味についてうかがう中で、自分が行っていることの意味と、不足している点、これからの方向性が見えてきた気がする。考える種をいただいた。
「欲望は他人の欲望」というラカンの言葉が印象的で、仲間作りにそのような意味があることに気づかされた。
青木省三氏、中井久夫氏との対談をぜひ読んでみたいと考えさせられた。
[リンクさんの感想]
前回、小浜先生もおっしゃっていたが、ひきこもりの子どもへの対処の方法というのは、人とのつきあい方の基本として、どんな場合にも応用できることを感じた。私は公立中学で教師をしていますが、1挨拶、2誘う、3頼む、4相談する、そして基本姿勢は「信じて待つ」こと。中学生との関係を壊さずに、親切に対応することで、よりよい関係作りができるのだな、ということを再認識した。ありがとうございました。
[中川ていさんの感想]
著書「社会的ひきこもり」を読んだのが出席の一番大きな動機であった。著書の方も非常によく書けていると思ったが、講義の方は更に深く広いものであった。講師の先生の興味や関心のスケールの大きさを感じさせられた。
[KHさんの感想]
〈ひきこもり〉のわからなさをどう維持していくか、と2回目の講義の冒頭で、氏は言われた。3回目の講義の冒頭で、混乱を引き起こすのが本日のわたしの目的です、とさらに挑発的なことを言われた。〈ひきこもり〉について生煮えの関心、適当にわかるのは、かえって有害、それならいっそ無関心でいてもらいたいと。
〈ひきこもり〉についてのマイナスイメージが社会にはある。たとえば怠け、甘え、わがまま、であるというような。すでに用意されているそういった〈ひきこもり〉の解釈の枠組みをそのまま適用するならば、怠けなくさせればいい、甘えさせなければいい、わがままでなくさせればいい、という単純な話になるわけで、現実に家族がそういう対応をし、それがひきこもりシステムの安定化につながっているのだ、と氏は分析される。
だが思うに、そもそも〈ひきこもり〉という概念が一般的になるのと、解釈の枠組みが提供されるのとは、ワンセットである。いわば記号化されることによって〈ひきこもり〉という概念はこれだけ一般化したわけである。〈ひきこもり〉に限らず、このようなかたちで一般化するコトバは多く、わかったようなつもりで現代人はそれらを使い、使うことで、枠組みはいっそう強化されていく。そうしてコトバは、実体〈実態〉を置き去りにして、独り歩きをはじめ、場合によっては暴走していく。
東大阪で36歳のヒッキー男が起こした心中未遂事件を、ひきこもりの深刻な側面が表面化した典型例として氏は紹介されたと思うが、これなど暴走に手を貸す格好の材料となったのではなかろうか。〈怠け〉、〈甘え〉、〈わがまま〉のなれのはて、ででもあるかのようにこの事件は報道されたし、世間の目もそのように診ていたと思う。このあとの経緯は――怠けなくさせればいい、甘えさせなければいい、わがままでなくさせればいい、と、ヒッキーへの誤った対応は親ばかりか世間一般のものとなり、ひきこもりシステムの安定化へ社会ぐるみで手を貸すことになる。
〈ひきこもり〉のわからなさをどう維持していくか?
氏の言葉は、現代の言説空間のからくりを見据えた上での、現場からの、必死の叫び声のように聞こえた。
2回目の講義で、氏は、病理の側面から〈ひきこもり〉について難解な専門用語を駆使して解説された。そして3回目の講義で、現場でどう対応すればいいか、ミもフタもないような単純な話をされた。
この『難解』と『単純』の落差がおかしく、又、興味深かった。
コフートの発達理論、クラインの理論も、入口を示しているだけであり、一旦入ってしまえば理論などぶっとんでしまう。そこにあるのはどろどろと訳のわからないカオス=現実なのだ、現場に立ちあい状況や対象と関わりながらしか何もわからない、というような意味のことを氏は言われたと思う。わたしだって究極のひきこもりの理由はわかりませんよ、とひらきなおりの言葉さえ吐かれた。
コミュニケーションの回復のために、内容より形式が重要なのだ、とにかく言葉を交し合う、「おはよう」「いただきます」「いってらっしゃい」そんな単純な挨拶でいいのです、会話には表情や声音やしぐさというノイズが含まれ、このノイズが大事なのです、と氏は言われた。「これやっといて」ではなく、「もしよかったらこれやっといてくれる?」と言わなくてはいけない。「世間ではこうなんだ」ではなく、「自分はこう思う」という言い方をすること、とも。
単純なことなんです、と語気を強められる花粉症の氏の顔を見ながら、これはきっと忘れないな、コフートもクラインも一ヶ月もすれば忘れてしまうだろうけど、たぶんこの言葉は忘れないな、と思った。
氏の講義は、〈ひきこもり〉という枠をこえて、今、自分が立っているこの現場で応用できることが豊富に含まれていて、共感を覚えた。
[K.Hさんの感想]