滝川一廣 講師紹介


当ホームページのために
書き下ろし
(佐藤幹夫 2001/12/05)

わたしの事例から 滝川さんの自閉症論について(5)

佐藤 幹夫

  滝川さんの見解を基に、わたしの体験を少し紹介したい。

  彼らのこだわり行動に対して、人為的制止は、まず無効である。わたしはそのことを肝に命ずることから始めた、と言ってもよいと思う。わたしの受け持った子に、こんな例がある。
  給食の歯磨きの後、そのままトイレに行き、おしっこを歯磨き用のコップに入れる、という行為にこだわった子がいた。どんなきっかけだったのかは分からない。おそらくたまたま歯磨きの後、コップを手にしてトイレに入り、そしてなんとなく手にしていたコップに・・・というのが、始まりだったのではないか。それ以外、理由らしきものは考えられないのである。
  わたしはすぐに気がついたわけではなく、迂闊にもしばらくたってからで、すでにこだわりとして、定着してしまっていたときだった。
  二度とさせないために、わたしはどうしたか。止めろと言って止めるほど簡単ではない。まず、そのコップを奪おうとし、掴み合いとなった。背丈はわたしとほぼ同じ。力も強く、寝転がせて上に乗っても、持ち上げられてしまう。トイレのなかで、10分ほどコップをよこせ、よこさない、を続け、やっと取り上げた。そして本人の目の前で、そのコップを足で踏み潰した。彼はむろん大パニックである。落ち着いたところで、トイレから出るのを許した。
  落ち着いたところでと言っても、ただ手をこまねいて見ていたわけではない。彼の繰り出すパンチ、頭突き、噛み付き、蹴りをかわしながら、抱きかかえては振りほどかれ、また抱きかかえては振り切ら、をくり返していた。物を壊すな、叩くな、落ち着かなければ外には出られない、と伝えていたのである。コップを踏み潰したのは、「絶対にいけない」というわたしの強いメッセージであった。
  翌日、コップは新しくなっている。歯磨きの後、わたしは彼をにらみ据えたまま、すぐに歯ブラシともどもコップを取り上げた。むろん、つかみかかってくるものと、臨戦態勢であった。少しぐずったが、あっさりとあきらめてくれて、事なきを得た。一週間は「監視?」を続けただろうか。一度やってしまうと、再び一からやり直しとなる。それを阻止したのであった。

  彼のこだわりのほとんどは認めてきた。しかし上記のように、絶対にいけない、というものもあり、そんなときどうするか、はほとんど直感である。コップを目の前で踏み潰す、というのも、その場でとっさに思いついたことであった。むろん出たとこ勝負であるから、失敗に終わることもある。この対処が良かったのかどうかも、実は自信があるわけではない。彼とは三年の付き合いとなったが、成功率は、少しずつは増えていったかな、という程度である。
  この子は「自閉の非常に強い子」で(と、いう表現をわたしたちはしていたが)、「こだわり行動」もたくさんあった。ここに紹介したのはその一つである。
  その他、靴の紐を結べなくなるまで固結びしていく(結果、靴がすぐには履けなくなる)。シャツの胸元を噛む。容器の中味をすべて開けてしまう、衣服が濡れたらその場で脱ぐ・・・学校の中では何とか対応できても、校外では大変である。常に先回りを心がけ、まさに「知恵比べ」状態であった。

  いうまでもなくわたしの仮説であるが、知覚の問題と、こだわりとパニックは、密に関連している。
  彼にとって、何が新しい固着となるかは、むろん予期できない。因果関係を含めて(不潔である、靴が履けなくなる、シャツが着られなくなる、裸は恥ずかしいなど)「理解」を図ろうとしても、まず無理であった。わたしたちにできることは、学校生活に支障を及ぼさない「こだわり」を、まずは許容することだった。無理して制止するとパニックを引き起こす。パニックにならなくても、結局はいたちごっこに過ぎない。一つ消えても、すぐにまた別のものが現れるのである。
  生活に支障をきたすものについては、そのような事態にならない環境をつくるようにすることで対処した。例えば食管のご飯や汁物は、あらかじめ残さず盛り付けてしまう(なくなるまで食べようとするのだから。お代わりを止めると、それでまた怒り出す)。靴の紐は固く蝶結びにして紐の間に潜らせる、それでもだめで、次は短く切っておく、などなど。「知恵比べ」といったのは、このことである。
  そしてそれ以上に努めたことは、行事などが立て込んできて日課が不規則になるとき、混乱を起こさせないようにすることだった。日課が変わるときには事前に話しておいたり(言葉はよく理解できたので)、初めての事にはことばだけではなく写真を示したり、ということをくり返した。


[前の文書に戻る] [次の文書に飛ぶ]