滝川 一廣
1995年の4月から96年の3月までの一年間、熊本日日新聞の「論壇」という連載コラムに月一回の小文を寄せた。一応、児童青年精神医学という私の専門領域から子ども問題や教育問題を中心とした時事論をという予定だった。ところが、この年、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こり、新聞社の担当者からもそれについてなにか一言という要請もあり、なによりも私自身、この事件からの衝撃は大きかった。あらためて数えてみたら、12回のコラムのうち5回までをオウムネタが占めることになった。
畑違いの領域に首をつっこんで、しかも必ずしも情報が十分でない現在進行中の時事現象に対してリアルタイムでものを述べてゆくのは、危ういことである。自分の知識と判断力からはどこまでなら言えることか、なになら言えることか、そのあたりを測りながら発言するきわどさと緊張があった。
そのオウムネタ5編をここに示すことにする。セミナーにおいてどんなお話ができるか、私自身、まださだかではないけれども、この時代と社会のなかで「こころ」が病むとはどういうことか、私たちの「こころ」はどこにどうあるのかを考えてゆけたらとは思っている。その問題意識へのいくらか前哨的な思考が(書いた当時、意識していたわけではないが)芽生えているような気がするからである。